理想的な生活

 何をするか考えたところ、仕事をしている時には最も難しい事をこの長期休暇で実行することにした。それは規則正しい生活を送ることだ。必ず0時前には寝て、朝は9時までには起床する。介護の仕事をしていると勤務時間が変則的で、規則正しい生活などできなかった。4月から仕事が始まると、また不規則な生活が始まる。僕は規則的な生活をしたかったので、この休みに思う存分、規則正しい生活を送ることにした。夜更かしなんて絶対にしない。と言いつつ、もう0時も迫っているので、物足りなさはあるが、ここで終わりにして寝ることにする。

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長期休暇

 年次有給休暇消化中である。退職を申し出た後、有給休暇の残り日数をすべて消化したい旨を上司に伝えると、かなり渋られた。内心「ふざけんじゃねえ、無理なことがあるか。寄越せ!」と思いながら、丁寧な言葉で「有給休暇の取得は無理なはずがありません」と言い続けた。月の半分を有給にするから前半だけでも出勤してくれと言われたが、妥協しなかった。「3月はすべて有給休暇にしてください」の一点張りだった。何を言われても目を真ん丸にして、相手の言うことになど耳を貸すつもりはなかった。少し揉めたが、どうにかすべての日数を消化できるようにシフトを組んでもらった。

 有給休暇ということで、3月は勤務がない。長期休暇に何をするか考えたところ、一人で旅でもしようかと思った。妻に「一人旅でもしようかな」とぼそっと言ってみたら、「いいけど、夜までには帰って来てね。ご飯を作ってもらうから。あと掃除と洗濯もよろしく」と言われた。これでは旅行どころではない。
 そもそも長い休みがあっても、お金がない。旅行に行くお金はどこにもないし、行きたいところも特に思い浮かばない。月の後半に実家に帰る予定を立てたくらいだ。
 今の職場が副業OKなので、日雇いの仕事でもして小遣い稼ぎでもしようかと思ったが、せっかくまとまった自由な時間を手に入れたのだから、働いてストレスを溜め込むなんて勿体無い気がした。たとえお金を稼いでも。おそらく、また転職するか、定年退職するまでは、これほどの長期休暇はないだろう。わざわざ働かなくてもいい。働いたら負けだ。

 この休みは妻の言う通り、掃除や食事作りなどの家事をして過ごそうと思っている。お金がないので、少額で作れる料理を考えながら、のんびり過ごすつもりだ。つまらない人にはつまらないかもしれないが、安価で料理のレシピを考えるのもなかなか面白いことだと思う。生活するための戦略なのだ。
 あとは読書をしたり、散歩をしたり、ヘブライ語の勉強をしたりして(何のためだよ)、とにかくのんびりと過ごそうと思っている。

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僕は仕事を辞めることにした

 昨年7月に収入が低いと文句を言っていた。年内には仕事を変えるとまで言っていた。夏の暑い日にハローワークに行った。何度か行って、途中で行かなくなってしまった。正直言うと、迷っていたのだ。今やっている介護の業界でステップアップして行こうという気持ちがあまりなくて、どちらかと言うと仕事が辛いから逃げたい気持ちの方が強かった。もう介護はやめようと思っていた。だが、ほかの業界に進もうと思っても、経験がない。そもそも何をやりたいのかもわからない。適当に求人を探してみても、詐欺のような胡散臭い求人(失礼かもしれない)ばかりがヒットする。そんなものに将来を賭けるのは如何なものかと思ってしまった。結局、迷ったまま、転職できずに年越しそばを職場で食べ、辞めたいと思っている職場で新年を迎えた。

 介護業界でスキルアップを目指そうと決意したのは今月に入ってからだ。本当につい最近のことだ。それまでは逃げよう、逃げようとしか思っていなかった。逃げられる限界のところまで、とことん逃げてやろうと思っていた。だから、僕は一生アルバイト生活のまま、定年を迎え、定年後も生活ができないのでアルバイトをするかもしれないと思っていた。苦しい想像だった。
 今月初め、思い立って、ハローワークに行き、特に求人も検索しないまま、職員に相談をした時のことだ。「特にやりたい仕事がないが収入が低いので転職したい」と伝えた。職員は曖昧なことばかり言って、特に求人を紹介しようという気もないようだった。当然だ。やりたいことがない人に何を言えというのだ。その職員は、どうしたらいいのか困った様子で、もごもごと小さな声で喋っていた。その姿が自分と重なった。きっと、今の僕はこの人のように、自信なさげに小さな声で、ブツブツ文句を言うだけで、何も解決しようとしていないのだろう。僕は職員の態度と自分のだらしなさに焦れったさを感じ、「わかりました。もう一度求人を検索してみます」と言って、席を立った。
 介護業界で仕事を続けて行くことが一番楽で早く収入を上げることができる道だと思った。そこで介護の経験が活かせるように求人を探した。妻にも求人票を見てもらい、意見を聞くなどした。今月からまた就職活動を始めることにした。今年こそ、義父の墓前にいい報告がしたかった。

 今月始めに、家から近くて、検索した中で一番条件のいい求人に応募した。面接があり、2日後には採用の連絡があった。正社員としての採用だった。僕が正社員?なんだか似合わない気がした。ほぼ10年、縁がなかった言葉だ。
 人生で一番運がよかったような気がする。先方からの連絡は決まって、僕が休みの日で、すぐに応答できた。スムーズに事が進んだ。採用の連絡は夜勤の日の朝だった。その日のうちに今の職場に退職届を提出した。

 最初に就職した会社を辞めてから今まで無職だったり、アルバイトを転々としたりして、家族や友人には心配をかけていた。支えられながら、今までやってきたが、期待に答えることができなかった。不甲斐なかった。逃げたいと思っていた自分を恥ずかしく思う。これから、少しでも恩返しできればと思っている。

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しばらく戻って来なかった

 遠い風の向こうから記憶が蘇る。
 「お父さん、ちょっとトイレ行ってくる」と言って、父はしばらく戻って来なかった。幼い僕と妹は地方の深い森の中の焼肉店のテーブルに残された。多忙な父がたまの休日に連れて行ってくれた焼肉店だった。しばらく後で父はテーブルに戻って来たが、すぐに「ちょっとトイレ」と言って席を立った。父はほとんど焼き肉を食べなかった。
 帰宅し、居間で過ごしていると父は郵便物の入っていた紙の大きな封筒を手にして「ちょっと」と言って、廊下に出ていった。直後にうめき声が聴こえた。幼い妹が心配そうな表情で僕を見ていた。おそらく、僕も心配そうな顔をしていただろう。
 若い父はよく吐いた。通勤中に車を運転しながら吐いたし、飲み会の時に特大の灰皿に吐いた。嘔吐しながらも、僕達を育ててくれた。一昨日の夜、嘔吐してベッドの中で休んでいる時、僕は父のことを思い出していた。焼肉屋でトイレに立って、なかなか戻って来ない父のことを思い出していた。心配そうな表情の妹の顔を思い出していた。疲れてくると嘔吐する僕は父の子だった。

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指を喉に突っ込んで

 仕事中に頭痛がし始めた。心の中では笑っていないのに、表面的に笑わなければならない自分は病んでいる。病んでいる自分は笑わなければならない。20時に職場を出て、駅まで歩いていると気分が悪くなってきた。この通勤路には飽き飽きする。スーパーに寄り、値下げされた恵方巻きと落花生を購入した。レジで会計をするほんの少しの時間でさえ苦痛だった。
 頭痛が酷くなり、胸の辺りが苦しかった。体が異様に重かった。「僕、死ぬのかな」と思いながら、駅までの道を歩いていた。死ぬにしても、路上で倒れるのは寂しかった。せめて家に帰って、猫の天鼓氏に別れの挨拶をし、できたら妻が帰って来てから、「ああ、犬のようだ」とか、「あべし」とか「うわーうわーうわらば」とか、色々なセリフを言ってから死にたい気がした。実際、セリフなんてどうでもよかったが、とにかく帰宅したかった。
 一刻も早く帰りたいと思い、奮発して特急電車に乗った。車掌が回って来て、特急券を確認した。車掌の手の平に嘔吐しそうなほど気分が悪くなっていた。駅に到着すると、立ち上がるのさえ酷く億劫に感じるほど体調が悪化していた。家までの道のりが途方もなく長く感じた。眠くもないのに何度も欠伸が出た。

 家に帰り着くと、滅茶苦茶な脱ぎ方でジーンズを脱ぎ捨てた。ピッタリのサイズのジーンズがもし破れてしまったら、もう他に履くものがない。だが、破けても構わないという風に粗雑に脱ぎ捨てられている。天鼓氏が「ご飯」と言う。ウェットフードを提供しないと「納得できない、くれないならその首に齧りついて、頸動脈を引っ張り出し、コリコリとした感触を楽しんでやる」とでも言いたげに鳴くのだ。僕の体調のことなど考えていない。でも、死ぬ前にご飯だけは食べさせなければならない。ご飯を10秒ほど電子レンジで温め、天鼓氏の好みの温かさにして提供する。天鼓氏は騒ぎ立てたほどには感動のないリアクションで、ホットなウェットフードの匂いを嗅ぎ、ペロペロと食べ始める。僕はそれを確認するとコタツに吸い込まれるように倒れた。それから1時間ほど記憶がない。

 22時を回った辺りで妻が帰宅する。気分が悪い、と伝えると妻は早く休めと言い、風呂の準備をしてくれた。風呂掃除をしてくれている間、僕は立ち上がり、ベッドに向かおうとしていた。歩き始めた瞬間、僕は方向を変え、トイレに入った。白い便器を右手で掴み「ああ、この白い便器は細菌にまみれているだろうな。汚えなあ。しかし、僕は死ぬかもしれない」と思い、しゃがみ込むと同時に黄色い胃液のようなものを吐き出し、涙と鼻水を流していた。喉が胃酸で焼けるようだった。激しく咳き込んでいると、妻が後ろに立ち「吐いた?指を喉に突っ込んで吐かんね。楽になるよ」と言っていた。それ以上吐けそうになかった。
 給料も安いし、プライベートではちょっとしたトラブルが起きるし、頭もハゲてくるし、嘔吐するし、世の中には良いことが一つもないような気がした。そんな気がしたが、風呂の準備をしてくれた妻に感謝し、手を合わせた。ベッドに入り、眠りに落ちるまで吐き気は止まなかった。

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こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
時間がいっぱいあるので、ブログ始めてみました!

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