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喪男タイムス

 じりじりとした時間が流れていた。タイミングが掴めなかった。いや逃したのだ。言葉というのは最初に感じた時に自然に発してしまわないと、それ以降に口に出す時、明らかに前もって準備されたような、あまりにも不自然な響きを伴ったものとなってしまう。その不自然さは大抵相手に気付かれるレベルに達する。つまり挙動不審な言動となって表面に現れてしまう。

 出勤してきた女性スタッフを一目見た瞬間に、彼女が美容室に行ったことに気付いた。おそらく気付かない人は気付かないだろう。だが、僕はそれに気づいた。「髪を切ったんですね」とか「美容室に行ったんですか」とか、すぐさま話しかければ済む話だった。僕は「おはようございます」と挨拶をした。次に発するはずだった美容室発言まで間を開けてしまったのがいけなかった。

「おはようございます。美容室に行ったんですね。似合ってますよ」

 となるはずだったのに「おはようございます」と言った後に間隔が空いたため、相手に喋らせる隙を与えてしまい、完全に美容室発言をするタイミングを逃した。シケたと思った。相手はどこかに行ってしまった。近くに来ても、仕事の会話や別の関係のない話(美容室発言を織り込む隙の全く見いだせない話題)になってしまった。僕はタイミングを掴もうと焦り出した。

 別の女性スタッフが髪を染めて来た時には、気付いていたにも拘わらず、なかなかその事を言うタイミングが掴めないままでいると、別の人が「髪染めたんですね」と軽く言ってしまうものだから、僕は終始無言で過ごすのだった。この無言でいるところがいかにもモテない感じだ。さして他人に関心を示すタイプではないのだが、無関心すぎて冷たいやつだと思われたくないし、何より細かなことに気付く気の利いた人と女性には思われたい、つまりはモテたい気持ちから、僕は女性の髪型の変化には敏感だった。以前、事務員さんに「髪を切ったんですね」と声を掛けたことがあるが、その時は「Tさんにそんなことを言われるとは思ってませんでした」と言われた。割と嬉しそうにしていたので(本当は気持ち悪いと思われていたかもしれないが)、きっと女性は身なりの変化に気付いて欲しいはずだと思った。

 時間が迫っていた。他のスタッフが出勤して来るまでが勝負だ。他のスタッフが来て「髪切ったんですね」などと先に言われでもしようものなら、僕の重く悩ましい喪男タイムが、まるで無意味に喪失してしまう。後には沈黙しか残らない。意を決して相手が何も喋らずに近くで作業をしている時、1時間ほど準備していた「美容室に行ったんですね」という至って普通のどこにでも転がっているような言葉を、あたかも自然に発したかのように見せかけて口にした。相手は僕のもごもごとはっきりしない小さな声に首を傾げたので、僕はまた「美容室に行ったんですね」という実に重々しい言葉を続けて口にした。やっと相手に伝わり「2,3ヵ月に一度は行ってるんだよ」という回答を得た。「やっぱり、そのくらいの頻度で行くんですね。大変ですね。でも髪型を楽しめていいですね」とか「僕なんかは高校の時以来美容室に行ってませんよ」とか「似合ってますね。可愛いですよ」とか色々と会話を発展させようと目論んでいると、他のスタッフや事務員さんたちが出勤してきたので、会話は打ち切られてしまった。もう言わない方がよかったと思われるようなタイミングだったし、その勇気ある、いやあまりにも不自然な発言はほぼなかった事にされたようで、ちょっと打ちのめされた。
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