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祈り

 東日本大震災から3年という月日が経ちました。震災、およびそれに関連することで被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。

 あれから3年が経ちました。当時、部屋にテレビすらなく、携帯電話も、ほとんど使っておらず、インターネットもなかった僕は、外部の情報というのが入りにくい状況で暮らしておりました。ですから、震災があったことを外出先の電気店のテレビで知った時は「一体何があった?」と茫然と立ち尽くしたのを覚えています。電気店のテレビで、止まることなく、あらゆるものを飲み込み進む、津波の映像をずっと見ていました。そこには映し出されていませんでしたが、僕の知らぬところでは無数の命が奪われていたのです。

 闇夜に赤々と燃え上がる炎がありました。海上の何かのタンクが延々と燃えていました。夜ですから、海は真っ黒に映っていました。あの海に多くの人々が溺れたのだと考えるとぞっとしました。これはたまらないなと思います。暗くて、冷たくて、苦しくて、さぞかし辛かったことでしょう。

 死者15,884人、行方不明者2,633人(wikiより)。多くの犠牲者を出しました。死者のおよそ9割が津波にさらわれ、水死したとのことです。未だに行方不明で見つかっていない人が大変多く、家族の立場になってみると、とても辛いものがあります。ずっと、ずっと「どこへ行ったの?」と海岸線を探し、彷徨い歩いていかなければならない。想像しただけで恐ろしい。そんな苦しみがこれからも続くと思うといたたまれません。

 津波は恐ろしい。南三陸町の防災対策庁舎は鉄骨3階建てです。その庁舎を丸ごと飲み込むような津波がやってくるなど、誰が想像できたでしょう。僕はアパートの2階に住んでいますが、津波がこの高さにまで達するなどと考えたことなどありません。当時「想定外」とはやり言葉のように使われていたのが、わからなくもない気がします。僕は被災地に住んでいるのでなく、遠く離れた九州の地に平和に過ごしていた訳ですが、震災の印象は強烈なものでした。見たこともない津波の到来に逃げ惑う恐ろしい夢を何度も観ました。あんなものを実際に間近に見た方々は今もなおそのトラウマに悩まされているのではないか、そう思うとやりきれません。

 数知れない悲しみを残した上に、震災は未だにその収束に向かっていません。振動と津波は、とても厄介な問題を残していきました。福島第一原子力発電所の事故です。炉心融解を起こし、放射性物質が外部へと放出されました。最悪の事故です。そのために避難を余儀なくされた人々がいます。福島は未だに見えない恐怖との戦いを続けていますし、東北全体が余震におびえる、落ち着かない日々を送っていることでしょう。時折流れる地震速報に心が痛みます。
 
 朝から、僕の思想に満ちた文章を長々と書いてきましたが、途中でそんなものを書き連ねたところで、震災復興になんら影響を及ぼさないことに気づき、むしろ、それは人にとって有害な文章なので、削除しました。
 僕にできることは、ほんの少しばかりの税金を納めることです。それにより、住んでいる町が、暮らしやすくなることを願うことです。消費増税により、復興が進み、暮らしやすい街になるのであれば、僕は喜んで税金を払います。それを義務として、あまり文句を言わないように、一応働くつもりではいます。人の役に立てることが僕には働く以外にありませんので。

 本日3月11日に限って、震災のことを気にしている自分が恥ずかしいです。ただ、1日も早い復興を願っております。僕に直接できることはありません。ただ、祈ることのみです。
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