髪の毛を失った男の日常


職場の女性が「髪が跳ねているのが気に入らない」と言って、ハサミで髪の毛を切っていた。そして、僕のスキンヘッドを見て「いいね、Tさんは楽で」と言った。「羨ましい」と言って笑った。確かに暴力を受ける時は、髪の毛を引っ張られるから、かなり痛そうだ。僕には引っ張られる髪がない。

日常の快適さを得るためには血の滲むような努力が必要だ。何かを得るためには同等の何かを犠牲にしなければならない。等価交換というやつだ。むしろ、僕の頭の場合、失っているものの方がデカい。

失ったもの
・髪の毛(リアルに失われており、剃ってすべてを失った)
・防御力
・若々しさ
・毎日の剃る時間
・毎日剃ることにより流れる血
・カッコよさ

得たもの
・威圧感
・爽快感
・会話のチャンス

防御力は凄まじく低下している。ちょっとでもぶつけると出血するだろう。直射日光の下では最弱の防御だ。それにスキンヘッドは体格がよくないと似合わない。貧相な体ではカッコ悪い。鍛えないといけないが、酷く面倒だ。見た目の若々しさがない。やはり髪が生えている方が若く見えるのだ。

スキンヘッドにより、会話のチャンスができることもある。おそらく、普通の髪型をしている人はあまりいじられない。カツラをかぶってしまったら尚更だ。カツラは最低だ。いじられない上に、陰口を言われる。それに比べ、スキンヘッドは身も心も爽快だ。影でハゲと言われているだろうが、実際会話のネタにもなっている。会話が盛り上がれば、親しくなれる。親しくなったら、相手が僕のことを好きになるかもしれない。好かれるということはモテるということだ。僕はモテる可能性を秘めている。こう考えるとスキンヘッドも悪くない。まあ、モテた試しがないけれど。

髪の毛を失って辛かったのは、髪型を自由に決められないことだ。角刈りにしたくても、髪の毛が失われすぎたために、剃り込みの入った坊主頭になってしまう。

伸ばそうとしても、汚く禿げているから、途中で断念して、また剃るのだ。センター分けという究極のハゲ判明髪型なんか死んでもできない。というか、そこまで伸びる前にハゲを痛感して、やはり剃ることになる。
スキンヘッドをきれいに保つには毎日のシェービングが欠かせない。地味に時間がかかる。もう脱毛したいと思うくらい、ちょっとした心の負担になっていたりした。
が、続けているとさほど気にしなくなってくる。それが習慣化というものだ。習慣にすれば、何も気にならないのだろう。ただし、だらしなさを習慣化させてはならない。悪習は絶つべきことだ。だらしないとモテない人間になってしまう。モテないにしても、自分を磨くことから逃げてはならないのだ。

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