遠くで声がする

 数年振りに電車の中で発作を起こし、死ぬのではないか、と思った。僕は度々こうした「死ぬのではないか」という発作を起こしていたが、ここ数年は症状が全く現れなかった。だから症状を抑えるような薬も飲んでいなかった。そもそも、その薬が「死ぬのではないか」という発作を抑えてくれるのかさえわからない。

 乗車してすぐ僕はスマホ中毒者のようにスマホを見ていた。ある駅を過ぎるとスマホをポケットに仕舞い込み、辺りをキョロキョロと眺めまわした。早朝の電車内には乗客が多かった。都会のあの通勤地獄には及ばないが、それでも僕の視界を曇らせるには十分な人混みだった。
 予感はあった。多分「死ぬのではないか」という予感だ。最初はなんだか胸が苦しいような、気持ちが悪いような感じだ。吐き気のようなものが強くなってくる。次第に目の前が暗くなる。立っていることが苦痛でたまらなくなり、手すりか何かに寄りかかる。視界が砂嵐に巻き込まれたように狭くなり「ああ死ぬ!」と思う。意識は遠のき、遠くの方で荒い呼吸音が聴こえる。脂汗が額から滝のように流れ落ちる。指先が痺れ始めたかと思うと、ピンと伸びてしまい、自力で拳をにぎることが困難なほど硬直する。おそらく、この手の硬直を初めて経験したら「ああ死ぬ!」と思うはずだ。僕は駅のホームのベンチに座り、遠くの方にある自分の硬直しきった両の手指を交互に折り畳もうと試みる。片方が折りたためたら、もう片方の指を折りたたむ。しかし、先に折りたためた指は手を離した瞬間にまたピンと伸びきって硬直する。目を異常なまでに見開き、僕は硬直した手を何度も何度も折りたたもうとしている。誰かが見たらおかしな人間だと思うかもしれないし、僕自身、自分の頭がおかしいと思う。今までの僕は失われ、もう元に戻れないと思う。元に戻れないと思えば思うほど恐怖を覚え、恐怖に食い尽くされそうになる。性状を維持できず、恐怖に屈し、僕はもう元には戻れない。

「死ぬのではないか」

 失神したのは一度だけだ。それも初めての発作での出来事だ。中学校の集会での事で、意識を失い床に倒れ、体育館中に響き渡るほど絶叫しながら、痙攣を起こしていたらしい。覚えているのは、真っ暗闇の中、遠くの方で「あー、あー!」と喘ぐ声が聞こえた事だ。そして、僕は今家で寝ているのだ、と呑気に思ったことも覚えている。覚醒してみてまず目に入ったのは、一つ下の学年が振り返って、倒れた僕の顔を好奇の眼差しで覗き込んでいる光景だった。僕は1組だったので前列は一つ下の学年になる訳だ。ということは後列には同学年が控えており、奴らは僕の頭頂部から足元までをも見下して、無様に痙攣した僕を見ていたことになる。あまり考えたくない。
 その時は一体何が起こったのかわからなかった。なんだか恥ずかしかったことを覚えている。教師二人に肩を抱えられ、自力で歩けず、そのまま引きずられるように保健室に担ぎ込まれた。その後1時間ほど眠り込むと僕は「死ぬのではないか」という恐怖をまるで忘れたかのように元気に教室に戻った。失神した上に眠る事が出来たので回復は早かったと思う。

 ただ、今日はストレスがずっと掛かった状態で、回復が思うように行かず、午前中は青白い顔で働き続けた。上を向くと急に眩暈がした。胸のあたりがいつまでも重苦しく、気分が悪かった。休める仕事だったらどんなに良かっただろう。
 都会で働いていた時、朝の渋谷行き電車で発作を起こし、中目黒駅で降車すると、発作が落ち着くのを待ち、そのまま横浜行きに乗り換えて帰宅した事があった。部屋に帰り、職場に連絡もせずに午後まで眠り込んだ。今日もそうしたかった。

「死ぬのではないか」

 頻繁ではないが、僕は時折こうした発作を起こしている。

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緑色

 14~16日の3日間を長野県の実家で過ごしていた。妻に御柱祭を見せてあげたかった。御柱祭というのは7年に一度執り行われる諏訪地方最大の行事(お祭り)である。ざっくり概要を説明すると、山から大木を切り取り、その柱を諏訪大社というお宮まで人の力だけで引っ張って行き、お宮の四隅に柱を立てるという祭りなのだ。人の力で長い距離を引っ張って行く訳だから、人々が力を合わせることが必要となる。大きな柱が道路を進み出すのを見るのはなかなか迫力があってよかった。御柱を曳行する氏子たちの「よいさ、よいさ」という掛け声が今でも聴こえてくる。「協力一致でお願いだ」という木遣りの高い声が聴こえてくる。時には神頼みで「山の神様、お願いだ」という高らかな声に力を合わせ、大木は大地を進む。小学生の頃、木遣りを唄ったことを思い出す。地区の古びた公民館に集まって、木遣りを唄うのだ。あんな高い声、今ではもう出ないだろう。

 妻は諏訪地方の人々の特徴を観察し、「みんな大きくて平らな顔をしており、体も大きい。みんな同じ顔に見える」と言っていた。そう言われてみれば、そんな気がした。僕は客観的な意見を聞き、自分に流れる縄文の頃より受け継がれてきた血というもの、そんな土着的なものを意識した。顔が大きいから、みんな猫背気味なのかもしれない。

 実家で両親や妹の顔を久しぶりに見ることができた。妹の長女と今年生まれたばかりの次女とも顔を合わせた。長女の方は「おいちゃんは嫌」と抱っこを拒否するようになっていた。地味に傷ついた。実家は実にいいものだった。

 16日には福岡県某所にある家に帰って来、初めて丸二日以上のお留守番をして怯えてしまった猫の天ちゃんと再会した。いつもなら妻が帰ると必ず玄関まで迎えに出てくるのだが(なぜか僕が帰ると迎えに来ない・・・)、この日は家の奥の方でじっと様子を覗っていた。
 17日になると喉に違和感を覚え、それ以来体調を崩してしまった。1週間が経過するのにまだ回復しない。緑色の鼻水が出て、緑色の痰が無限に出る。こんな調子でずっとやっている。
 今日は夜勤明けで、1時間残業して帰って来た。鼻づまりが酷くて、痰が絡むので口でも呼吸しづらい。一体どこで呼吸したら良いのだ?時折、発作的な咳き込みがあり、頭痛がする。おもしろくない。おもしろくないんだ。体調が良い時は面白いし、自分のいいようになった時は面白いんだ。

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体調は悪い、休日は良い

 カーテンの洗濯をした。近頃あまりにも晴れているから。カーテン、なかなか洗いませんよね?



 しばらく前まで観葉植物を育てていたのだが、猫の天ちゃんがイタズラをしたり、むしゃむしゃと食べようとしていた。それだけなら良いのだが、天鼓氏に有害であっては困るので、すべての植物をベランダに出したのだった。観葉植物の本を読んでみると、そのほとんどが気温10度以下では生きていけないと書かれていた。案の定、冬を越せずに全滅してしまった。もしかしたら生き返るかもしれないと思い、すべての葉を失ったガリガリのエバーフレッシュに水をやってみたが、生き返る風ではない。
 当たり前だけど通年花を咲かせるバラだけが生き残り、今日花を咲かせている。日陰だとピンク色っぽく、日差しが当たるとオレンジ色っぽいような花びら。それにしてもバラという植物は強い。冬の寒さに耐えるし、数日水をやり忘れてしまっても忍耐する。ぼつぼつ時期を見て、まるで育てている人間にご褒美を与えるかのように美しい花を咲かせてくれる。



 このバラを除けば、僕の普段育てている植物は専ら猫草である。生えているものを買って来たら楽なのだが、売られているものは198円ほどかかってしまう。ペットショップに猫草の種は売られているし、ホームセンターで花・野菜用の土が10kgたったの80円ほどで売られているので、手間はかかるが、自分で育てた方がかなり安上がりになる。猫草でも育てて売ろうかな・・・
 猫草は暇さえあれば植えてやらないと、間に合わなくなってしまう。1cmくらいに育った猫草を一生懸命天鼓が食べようとするのだ。猫草は陽の光を浴び始め、「よーし、さあ行くぞ!」と勇んで育ち始めた途端にむしゃむしゃと食まれ、「嘘だッ!こんなのでっち上げだ!」と世界を絶望の眼差しで見つめ、呪詛することだろう。さて、これから猫草の種を水に浸そう。

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昨日の晩はニンジンシリシリ

 雨が降っている。土砂降りになると天気予報は伝える。今日一日家から出るつもりはない。髭も剃らない。浮浪者のようだが、誰が見るというのだ?夜、あまりにもひどい雨だったら、仕事を終えた妻を迎えに行くつもりだ。それが唯一の外出になるだろう。車の中に浮浪者が乗っている事に誰が気付くだろうか。一番危険なのは住んでいるマンションの通路や駐車場で住人にばったり遭遇することだ。けれども、住人の中に事細かに人を観察するような人間がいるだろうか。この世界においても、何気なく生活する中で、一瞬すれ違った人間の容姿を明細に記憶できる人間など多くないだろう。浮浪者の記憶など、夏の日の雨滴のようにすぐに蒸発して消えてしまうことだろう。このブログも消えてしまいそうなほど更新が少なくなったので(更新しろよ)、近況を書いておこうと思う。

 最近、夜勤を終えると異常に疲れている気がする。昨日などは朝食時に利用者の隣に座っていたら眠りかけた。時折めまいもする。3年間の夜勤の疲労が蓄積されて、今頃じわじわと効いてきたのだろうか。たとえば労働時間中に設けられた2時間の休憩時間に仮眠をとることが出来たら、体力はかなり回復すると思うのだが。暇な時は暇なのだが、一人で勤務しているので忙しいとトイレすらままならない時だってある。利用者の下の世話をして、自分が漏らしそうになる。利用者が漏らしたら僕がキレイにして着替えさせることができるが(させてもらえない事もある)、僕が漏らしたら誰もキレイにしてくれない(自分で出来るだろ)。

 介護の仕事を始めて3年が経過した。実務を3年積むと介護福祉士の受験資格が得られるということで、今年1月末に国家試験を受験した。一応勉強していたので何とか合格し、最近になって資格証書が届いた。難易度としては特に難しい資格とは言えないと思うが、合格して素直に嬉しかった。これでほんの少し手当が付く。

 疲労とストレスで何らかの病に罹患しているせいか、ダイエットが成功したせいなのか知らないが、昨年8月から比べると10kgほど体重が減った。今計ってみたら薄い服を着た状態で64.8kgだった。もちろんこれから昼食とおやつと夕食と夜食を食べるので、まだこれから体重は増えると思うけれど。それにしても体重だけは減ったと思う。一体、体の何が減ったのだろう?頭が全く小さくならないからイライラする。体ばっかり小さくなりやがって。

 熊本の震災を受け、僕たちも緊急時の対応を話し合うようになった。避難場所の確認や非常時の荷物の準備等をした。家が一瞬で潰れてしまったらどうしようもないが、一応準備はしておいた方がいいと思って。
 家の整理も少しずつしている。散らかっていたものを少しずつ処分して、物を減らしている最中だ。最近本もあまり読まなくなったので、どこにでも売っているような本は売り、大切な本は手元に残している。色々物があっても、本当に必要なものというのはそれほど多くはないのだ。カメラや冷蔵庫、ベッドなんかを避難するときに持って行くのか?そんなもの必要ない。最低、身一つあれば何とかなる。

 今週末には実家に帰る予定だ。飛行機に乗るから、気を付けなければならない(何に気を付けるんだよ)。

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たびびと

Author:たびびと
こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
時間がいっぱいあるので、ブログ始めてみました!

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