増設した犬歯

 しばらく日記を書いてなかった。友人がこちらの状況をブログで把握しているので、更新がないと「元気がないな」と思うらしい。そして、更新が途絶えて数か月もすると「死んでいるのかもしれない」とすら思われてしまうかもしれない。元気がない訳でなく、最近だって大江健三郎の『運搬』という話を読みながら大笑いするくらいの元気はあったのだ。

 今日は夜勤明けで、日中はほとんど寝ていた。またこれから通常通り0時頃には寝るつもりだ。寝てばかりだと思われそうだけど、月に7~8回夜勤をしているので睡眠時間は不足している。不規則過ぎて、いつまでも疲労が抜け切らない。手はカサカサになって、あかぎれができて痛い。体毛は濃くなる一方だ(関係ないだろ)。

 最近歯医者に通っている。親知らずが4本あって、そのうち2本を抜いたところだ。歯をチェックしてもらった結果、歯ぎしりをしていませんかと言われた。犬歯が磨り減って、真っ平らになっているのだ。本来尖っているはずの歯が確かに平になっている。それを何かの素材で補強してもらった。翌日夜勤明けで寝ていたら、口の中でパキッ!と鳴って目が覚めた。口の中から硬い細かいものが出てきた。多分だけどせっかく調整してもらった犬歯が欠けたのだと思う。増設してもらった犬歯がたった一日で・・・。ストレスのせいだろうか。強く噛み締めるほど、現実というのは屈辱的なものなのだろうか。確かにどす黒い気分になることは多々あるけれども。

 そろそろ寝よう。明日はまた歯医者の日だ。欠けたことを言わないとなあ・・・

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団子

 仕事の関係でお世話になった方が亡くなった。通夜が行われることになり、職場では○○時に集合して行こうなどと申し合わせているようだった。ただ、私にはそういった話は回って来ず、通夜の開始時刻のみ、風の噂の如く「18時」とだけ伝わって来た。もはや誰から聞いたのかも記憶が定かではない。お世話になった人だから、お焼香だけでもと私は通夜へ行くことを独自で決定していた。

 最近の悩みは知能指数の低さにやっと気付いたことである。頭から蒸気が立ち昇るほど熱を放ち、顔を真っ赤にしながら読んでも1ミリたりとも理解できない本がある。それは或る哲学書だ。理解できないのなら途中で投げ出してしまえば良いのだ。まずいことに文庫本の第1巻を一文字も読まないうちから次刊が発売される度に購入し、全7巻綺麗に揃えてしまったのだ。7巻揃えて中古取扱い店に売却するという手もあったが、それでは一体何の目的で買ったのかわからない。哲学に興味を持ちつつあったことは確かだった。実を言うとまだ一文字も読んでいない哲学書が山のようにある。もっと正直に言うと、一文字も読んでいない本は私の蔵書の約9割を占めている。「私は知的で高尚な人間だ!」と見栄を張りたかったのかもしれないが、見栄を張れるような相手もいない。一つだけ、手にとるように哲学がわかる云々といった書籍を読んでみたのだが、わかったことは「何もわからない」ということだった。
 最近はアベノミクスとやらに便乗して楽して儲けてやろうと欲をかき、株式投資を始めた。しかし儲けるどころか、毎回高値を掴み、下落すると焦って売却してしまう。この繰り返しで当初の投資資金の7割を失った。私には向いていないのだろう。何もかも向いていない。一体何が向いているというのだ。そう謙虚に言いながらも、私は他人より優れている点があると心の奥底では思っている。優れている点が一体何であるかまるでわからないが。

 18時に退社すると私は厳粛な気持ちを携えて、すぐさま斎場へと向かった。その斎場には徒歩にして約15分と職場から近い距離にあった。ふと途中で同僚たちのことが気がかりになってきた。やつらは申し合わせたかのように集団でやってくるだろう。一瞬不安に思った。しかし私はたった一人で決断し、行動するのだ。私はそれだけで自分が優れた人間のような気がし、近頃知力の低さを気に病んでいたことすら忘れていた。あの悩ましい哲学書全7巻のことも忘れた。もし思い出しても、あんなものはすぐにでも売却して、マンガでも買ってしまえばいいと思ったことだろう。
 寒さに身震いしながら歩いた。道路に設置された電光掲示板では気温10℃と表示があった。ぴったり15分間歩くと斎場の看板が見えた。私は斎場の入り口に差し掛かると、どこかの国の兵隊のように90度方向転換し、勇んで斎場へと入って行った。斎場入口には通夜と葬儀の開始日時が書きこまれていた。被っていたニット帽を取り、しばらく佇み考えた。同僚たちはもう来ているのかもしれない。私が徒歩なのに対し、奴らは自動車だからだ。どちらでも構わない。同僚たちがいたら入り易いし、いないなら私が一番乗りだ。一歩進むと、入り口の自動ドアが開いた。静寂の中での自動ドアの音は異様に大きく感じた。私は誰にも聞こえない悲鳴と、誰にも読み取れない驚きの表情を一瞬浮かべると中に踏み込んだ。
 階段を上がって行くと僧侶のお経を唱える声が聴こえてきた。私は入り難さを感じ、躊躇った。目の前は厳粛な雰囲気に支配されていた。私は一秒に一歩ずつ歩を進め、階段の上に立っていた係員に会釈した。「親族の方ですか」の問いに「仕事でお世話になっておりました」と告げた。係員の後方には厳粛な風景が広がっていた。経を上げる僧侶の後方にお世話になった方の遺影が光に照らされていた。笑顔でこちらを見守っているかのようだった、多くの花々に囲まれて穏やかに。喪に服した親族関係者たちが手を合わせていた。並べられたパイプ椅子に同僚たちの姿は見当たらなかった。奴らは来ていない。私は自分が一番だと思う前に、異常なまでの居辛さを感じた。係員が案内しようとした時、咄嗟に「いや、あの帰ります。お顔を拝見してすぐ引き上げようと思って来たんです。顔だけ見て。それだけなんです。それに、こんな恰好ですし」と自分の身なりをジェスチャーしながら言った、来ておきながら今更自分自身の服装をその場にそぐわないと言い訳して帰ろうとする馬鹿馬鹿しさに半ば気付きながら。「いいえ、いいんですよ。服装のことは気になさらずに。来て下さるだけで喜ばれると思います。さあ、どうぞ」と係員は私を席まで案内した。
 坊主の念仏が済み、親族たちが焼香を始めた。続いて列席者たちが立ち上がり、係員の案内でお焼香を済ませて行く。一番後ろの席に座っていた私に係員が話しかけた。私はたった一人で後方の席に坐していたから、他の参列者からは一足遅れて焼香に臨み、それゆえ孤立した存在として酷く目立っているような気がしたが(自意識過剰なのかもしれない)、もう後には一歩も引けず、前方へと進み出た。歩行の腕ふりをする度に温かさを最優先したかのような膨張したダウンジャケットの袖が擦れ、足を踏み出す度にもこもことした厚手のナイロン地の防寒ズボンの内側が擦れ、カサカサとチープな音を立てた。頭が真っ白になりかけた時、目の前に唐突に親族たちが現れた(実際には最初からその場に立っていた)ので、出来る限り丁寧に頭を下げた。焼香を済ませると、わざわざ棺の方へと回り込み、亡くなった方の顔を拝んだ。一目見ておきたかったのだ。顔を拝見すると反転し、半ば小走りにうつむき加減で自席へと引き返した。シャリシャリと衣類の擦れる安っぽい音が加速する。
 親族代表の挨拶を聴き、司会者が通夜の式を終わる言葉を述べた時、同僚たちがやってきた。彼らは喪服姿で姿勢を正していた。これから親族に挨拶に行くのだろう。私はダンゴ虫のような姿、寒冷な地方出身にも拘わらず、酷く寒がりな為に冬の通勤にはニット帽にダウンジャケット、厚手の防寒ズボンという出で立ちで、静かに、しかし極めてそそくさと斎場を後にした。

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