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台風15号の日

 強風と時折思い出したかのように打ち付けてくる横殴りの雨の中、あらゆる死のシナリオを思い描きながら、僕はすべての行程を歩ききった。初めはそんなつもりではなかった。職場から自宅まで一体どれほどの距離があるのかワクワクしていたくらいだ。
 職場の最寄駅の電光掲示板で先の見えない「運転見合わせ」の文字列を確認した。他の利用者が駅員に何かを聞いていたが、おそらく判然としない返答を得ていたことだろう。訊きたいことは皆同じだ。運転再開の見通しは立っているのか?その質問は「台風はいつ通り過ぎるのか?」と言っているようなものだ。気象庁のホームページにアクセスした方が正確な情報が得られたはずだ。それだってみんな承知している。わかっていても尚、わかりきっている情報にすがりたい気分なのだ。エナジードリンクを胃に流し込むと、意を決して歩き出した。駅前にはタクシーが列を成して、駅の利用客を物色している風だった。僕は迷わずタクシーを利用すべきだったかもしれない。昨日から喉が痛かったし、咳も出始めていたのだ。夜勤明けで長距離歩くとなると体への負担は大きい。おそらく世の中の誰もがタクシーを選択するだろう。僕はまともな人間なので徒歩を選んだ。

 iPhoneの地図アプリによると自宅付近までは約15km、徒歩でおよそ3時間ほどかかる計算になっていた。風が強いとは言え、衰えを見せていたし、未明の激しい雨もどこかへ行っていた。行けると思った。歩いて数分で総重量約80kgの体を持って行かれそうになるような強い風が吹き、狼狽えたが、それ以降風は収まって行った。戦略を立てていた。できるだけ線路沿いの道を歩いて、電車が通るようだったら、近くの駅から乗車するという算段だ。完璧だ。
 強風のことを友人に話すと「風では死なない、瓦や木片、鉄板が飛んでくるかもしれない。頭や首をガードしながら歩くんだ」というようなメッセージを送って来た。果たしてそうだろうか。風でも死ぬ気がした。風に舞い上げられて、空に落ちて死ぬのだ。ゲームの中でストライダー飛龍は空に落ちて死んでいた。空に落ちるという意味自体おかしなものだが、一旦空に舞い上がり、地面に落ちて死ぬことだってあるかもしれない。
 その時は追い風だった。後頭部をガードしなければならない。追い風だから走るのも手だった。後頭部への物の直撃をかわすためには、その飛来物と同じスピードで走ればいい話だ。足は遅いが追い風に乗れば可能だろう。これがまず想起された死のシナリオの始まりだ。

 途中のコンビニで唐揚げとローヤルゼリーとスポーツ飲料を買いこんだ。コンビニ前ですぐにローヤルゼリーを補給し、唐揚げを食べた。自分が浮浪者のようにも思えたし、RPGの主人公のようにも思えた。僕は旅人だ。友人がレストランで親子丼を食べていたらゴキブリが入っていたというメッセージを送って来た。彼は店の責任者に対して憤慨しているようだった。衛生的に不潔極まりない話だし、責任者の精神も健全とは言えない話だった。世の中には健全でない精神が溢れ返っている。

 1時間ほど歩いた時にはもう風もほとんどなくなり、雨も止んでいた。間違いなく運転が再開されるだろうと思った。JR九州のHPにアクセスし、運行情報を確認した。10時50分現在の情報はなぜか「運転見合わせ」だった。何かの間違いだろう。現在地から最も近い駅を通りかかった時にホームを覗いてみると、誰もいなかった。間違いではなかった。仕方なく、次の駅に向かった。おそらく次の駅に着く頃には線路上を電車が通るだろう。

 僕は大いに間違っていた。台風の目の中にいたのだ。鉄道会社も容易に運転再開とは行かないようだった。風は強まりつつあった。急がないと、もしかしたらダメかもしれないとさえ思った。車で何度も通った道だが、歩くとこれほどまでに遠いのかと思いはじめていた。まだここか・・・
 至る所に折れた枝が転がっていた。駅の駐輪場に止められた自転車は軒並み倒れていた。自転車を起こそうとする人間など一人も見当たらなかった。台風の日に外に出る人間などいないのだ。通り道の明らかに場違いなところに鍵の外れた自転車が倒れていた。僕は盗もうかと思った。移動速度を上げたかったのだ。何をしてもいいような気がした。生きるためだ。
 自転車に乗った(盗った)瞬間にパトカーが追いかけてくる。僕は狼狽えてバランスを崩し、身長の6割ほどの高さがある欄干を難なく超え、増水した川の濁流に飲み込まれる。歩いて前に進む以外のすべての行動や雑念が死のシナリオを描き上げる。打ち捨てられた、あるいは風に飛ばされてきた自転車を無視して、足を前に出した。
 やっと国境に出た。足が痛かった。iPhoneの電池が切れてしまっていた。どこかで倒れてしまっても、助けを呼ぶことはできない。にも拘わらず、僕の歩いていた場所は車道からは死角になった人通りの極めて少ない歩道だった。ツツジ科か何かの低木がどこまでも続いており、車道と歩道を隔てていた。低木とはいえ、走っている車からは歩行者を確認することは困難に思えた。どこまでも続く歩道でもし力尽きたら、白骨化するまで気付いてもらえないかもしれなかった。ただの帰宅なのに、なぜ遭難しなければならないのだろう。
 足場は悪かった。強風で折られた枝が舗道上を埋め尽くしていた。左側の斜面を覆う竹林から、力尽きた竹が何本も舗道倒れかかり、動線を阻んでいた。傘で振り払ったり、潜ったり、飛び越えたりした。前に進むしかない。もし10km先が行き止まりで引き返さなければならなくても足を止めることはできない。
 竹林を抜けると開けた場所に出た。雨が上から下でなく、左から右へと降っていた。見るからに風が強まっていたし、雨も激しくなっていた。傘は役に立たない。風に飛ばされて、車道に投げ出され、通行中のトラックに轢かれる想像をし、身震いしながら車道と距離を取った。反対側は川になっており、底の見えない濁流があった。見ただけで吸い込まれそうだ。見通しがよくなったので、車道からも歩行者の僕に気付くはずだ。「一体彼は何をしているのだ?」と誰もが思ったことだろう。確かに歩道なのだが、普段誰も歩かないような場所を歩いているのだ。警察も通りかかった。もしかしたら声を掛けてくれるかもしれない。声をかけられたら「いやあ困ってましてね、家まで乗せてもらえますか」となりふり構わず話しかける覚悟でいた。警察官、彼らは行ってしまった。ずぶ濡れで歩くスキンヘッドの男をあっさりと見過ごして行った。

 どこまで続く泥濘ぞ、などという歌が聴こえてくるような気がした。2時間は歩いていた。右側の車道からは高い塀で隔てられた場所だった。ここはどこだろう?左側には住宅が建ち並んでいる。もし力尽きたら、誰かに発見されるだろうか。それにしても人の気配の全く感じられぬ住宅だ。もしかすると誰も発見してくれないかもしれない。
 雷のような音が聞こえてきた。落雷で命を落とすこともあるかもしれない。歩道上はあらゆる負の可能性で満ちていた。途中で雷鳴でなく、高架を通る車が立てる音だと気付いて少し安心したのだが。

 もう戻れないような見知らぬ場所を1時間歩き続け、もう戻れないような不安感で満たされていた時に、やっと見覚えのある道に出た。足の裏が酷く痛かった。両足の裏の親指の付け根の皮膚が剥離しているに違いないと思ったが、大したことはなかった。さらに1時間ほど歩いてやっと家に着いた。その間に警察車両が2、3台通り過ぎて行った。彼らはやはり僕が徹夜をして15kmの行程を歩き続け、疲弊しきっていることには気づいてくれなかった。
 朝9時半過ぎに職場を出て、最寄駅で運転見合わせを確認し、帰宅を開始したのが午前10時だった。午後2時になってやっと辿り着いた。実に4時間の行程だった。結局帰宅するまでの間に電車や各種交通機関は運転再開はされなかった。そればかりか21時になっても(もう雨も風もほとんど止んでる)、運転見合わせの線がある。JRも今日の運行はもう思い切って諦めてしまったのだろう。私鉄は全線再開していたが・・・

 帰宅してまず最初に風呂を沸かした。4時間歩いている間、何よりも風呂を楽しみに歩いたのだった。

「ああ、極楽じゃ!」浴槽に浸かった瞬間に思わず言葉が漏れた。

 iPhoneの電源を入れると妻から5度も着信があり、SNSを介して「死んでる?」などとメッセージが届いていた。僕が「歩いて帰る、電車止まってる、ふざけとる」等のメッセージを送った後3時間ほど消息を絶っていたので、彼女なりに心配してくれたようだった。

 職場から徒歩で帰宅しようなどと二度と思わない。たとえ晴れていても。

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等身

 色々と忙しい。最近は友人に紹介してもらったゲームアプリにハマっている。暇さえあればプレイしているし、暇でなくても将来のために有効活用すべき時間を犠牲にしてプレイしている。なぜだろう。ゲームをクリアしたからと言って、何かいい思いができるかというと、全くそうではないのに。クリアできたら確かに楽しいのだが。実は友人に紹介してもらったゲームアプリはこれで2つ目なのだ。今回紹介してもらったゲームをやることで、前に紹介してもらったゲームに費やす時間が格段に減ってしまった。時間が減ったとはいえ、1日に1回は必ず起動させている。ゲームの合計時間としては増えてしまったのだ。とはいえ、今まではゲーム以外に何をしていたのだろう。あれ、思い出せないな。大切なことがあるような気がしたんだがなあ。

 実は最近運動をするように心がけている。30歳を過ぎたせいか、打ち込み方が足りないせいなのかはわからないけれど、お腹の肉が落ちないのだ。今は暑すぎて、あまり外に出たくないので、家の中でダンベルを使った運動をしている。筋肉をつけておいて、秋になって涼しくなったらウォーキングでも始めたいと思っている。冬の終わりには76kgほどあった体重が今は73~74kgほどになった。あれ、あまり痩せてないな。結構頑張って筋トレしたんだがなあ。
 まあ数字だけ見るとあまり変わっていないように思えるはずだ。体脂肪率は今日計ったら19%~21%辺りを行ったり来たりしている。23時45分の最終計測では服を着た状態で体重74.2kg、体脂肪率20.6%だ。あれ?力士より太っているな・・・。いや、仕方がない。力士はアスリートだ。彼らは筋量が凄まじいから、太っているようで、実はデブではないのだ。一般人の僕が力士よりも太っていてもさほど驚くべきことではないのだ。

 それよりも僕が一番気にしていることは、いくらダイエットしたところで、骨格までは細くならないということなのだ。特に頭蓋骨。頭周り60cm。これが問題だ。頭が大きすぎるから、頑張って体を鍛えて大きくしても、体が小さく見えてしまうのだ。僕は肩幅は狭くない方だと思う。むしろ高校時代には野球部の人から肩幅が広いなと言われたこともある。でも、体がどうしようもなく小さく見えてしまう。妻には小さなおっさんと言われてしまった。「身長は低くないけど、小さなおっさんやね」と。一体どこまで鍛えてデカくなれば小さなおっさんではなくなるのだろう。僕はもう筋肉痛が辛いし、筋トレは実は好きじゃないのだ。筋トレをするよりも、楽に頭骨を縮める方法があるとすれば僕はそれを選ぶだろう。頭骨の縮小方法が書店に1万円で売っていたら、僕は騙されてもいいから買ってしまうだろう。
 筋トレは辛い。胃腸が弱いからあまり沢山食べられない。もう僕はデカくなれない。頭ばっかりデカくなりやがって・・・

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喪男タイムス

 じりじりとした時間が流れていた。タイミングが掴めなかった。いや逃したのだ。言葉というのは最初に感じた時に自然に発してしまわないと、それ以降に口に出す時、明らかに前もって準備されたような、あまりにも不自然な響きを伴ったものとなってしまう。その不自然さは大抵相手に気付かれるレベルに達する。つまり挙動不審な言動となって表面に現れてしまう。

 出勤してきた女性スタッフを一目見た瞬間に、彼女が美容室に行ったことに気付いた。おそらく気付かない人は気付かないだろう。だが、僕はそれに気づいた。「髪を切ったんですね」とか「美容室に行ったんですか」とか、すぐさま話しかければ済む話だった。僕は「おはようございます」と挨拶をした。次に発するはずだった美容室発言まで間を開けてしまったのがいけなかった。

「おはようございます。美容室に行ったんですね。似合ってますよ」

 となるはずだったのに「おはようございます」と言った後に間隔が空いたため、相手に喋らせる隙を与えてしまい、完全に美容室発言をするタイミングを逃した。シケたと思った。相手はどこかに行ってしまった。近くに来ても、仕事の会話や別の関係のない話(美容室発言を織り込む隙の全く見いだせない話題)になってしまった。僕はタイミングを掴もうと焦り出した。

 別の女性スタッフが髪を染めて来た時には、気付いていたにも拘わらず、なかなかその事を言うタイミングが掴めないままでいると、別の人が「髪染めたんですね」と軽く言ってしまうものだから、僕は終始無言で過ごすのだった。この無言でいるところがいかにもモテない感じだ。さして他人に関心を示すタイプではないのだが、無関心すぎて冷たいやつだと思われたくないし、何より細かなことに気付く気の利いた人と女性には思われたい、つまりはモテたい気持ちから、僕は女性の髪型の変化には敏感だった。以前、事務員さんに「髪を切ったんですね」と声を掛けたことがあるが、その時は「Tさんにそんなことを言われるとは思ってませんでした」と言われた。割と嬉しそうにしていたので(本当は気持ち悪いと思われていたかもしれないが)、きっと女性は身なりの変化に気付いて欲しいはずだと思った。

 時間が迫っていた。他のスタッフが出勤して来るまでが勝負だ。他のスタッフが来て「髪切ったんですね」などと先に言われでもしようものなら、僕の重く悩ましい喪男タイムが、まるで無意味に喪失してしまう。後には沈黙しか残らない。意を決して相手が何も喋らずに近くで作業をしている時、1時間ほど準備していた「美容室に行ったんですね」という至って普通のどこにでも転がっているような言葉を、あたかも自然に発したかのように見せかけて口にした。相手は僕のもごもごとはっきりしない小さな声に首を傾げたので、僕はまた「美容室に行ったんですね」という実に重々しい言葉を続けて口にした。やっと相手に伝わり「2,3ヵ月に一度は行ってるんだよ」という回答を得た。「やっぱり、そのくらいの頻度で行くんですね。大変ですね。でも髪型を楽しめていいですね」とか「僕なんかは高校の時以来美容室に行ってませんよ」とか「似合ってますね。可愛いですよ」とか色々と会話を発展させようと目論んでいると、他のスタッフや事務員さんたちが出勤してきたので、会話は打ち切られてしまった。もう言わない方がよかったと思われるようなタイミングだったし、その勇気ある、いやあまりにも不自然な発言はほぼなかった事にされたようで、ちょっと打ちのめされた。

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顔・2

「またしてもか!」

 彼はそう思ったに違いない。「よもや日に二度もあのニートの家に行くことになるとは!しかし一体どうしろと言うのだ。どういった顔で荷を渡せば良いのだろう!」

 夜の配送業者の顔には軽蔑の色は見られず、むしろ親しみのこもった温かな表情に感じられた。注文した品の配送業者が、今朝の実家からの荷物の配送業者と同じであったため「もしかしたら」とは思っていたが、まさか本当に彼がやって来るとは思わなかった。僕は可笑しくなって吹き出しそうになりながら、伝票にサインした。彼の方も表情筋が緩み、言葉も緩やかであった。彼も吹き出しそうになったのかもしれない。僕が配送業者だったら、ドアを開けた瞬間に爆笑して「なんだ君は?」と怒られていただろう。



 ところで、これは何だかおわかりだろうか?わかるはずはないと思う。これはウチの猫の愛用品だからだ。今彼女はこの愛用品を探して十数センチしか離れてない場所の物陰に前足を突っ込んで引っ掻き回している。見えてるのになあ・・・



 これが生前の姿。いや今も現役なんだけど、もう原型を留めてないのだ。間も無く白骨化してしまうだろう。

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 みんなが働いている日のみんなが働いている時刻に家にいることはおかしなことだろうか。いや、もう夏休みに入っていると考えることだってできたはずだ。それなのに老年の配送業者は僕の顔をある種の軽蔑に満ちた表情で見つめるのだった。年を取った俺が汗水垂らして働いているのに、お前はのんきに家に引きこもって奥さんを働かせているのか。そんな事を言われても休みなのだから仕方がない。大きなお世話だ。それとも僕の髭が伸びていたから、少なくともここ数日間は働いていない、多分ニートだろうと思ったのか。これでも一応昨日も働いていたのだ。一日あれば髭はどこまでだって伸びるものなのだ。

 僕はこうして配送業者の眼差しをいちいち気にして過ごしている。配送業者の顔は元来そうした表情なのかもしれない。それを軽蔑に満ちた表情だとか、他人を見下した表情とか勝手に思ってしまうのは失礼かもしれない。ただ、もし万人がその表情を見て「なんだか軽蔑されているようだ」と感じたら、その人の顔は損をしていることになる。
 最初に就職した会社の同期に常にドヤ顔をしている人がいた。別段「どうだ!」と見せつけている訳ではないが、いつもドヤ顔をしているのだ。おそらく自信があるのだろう。確かに彼は自信に満ちていた気がする。あるいは僕が勝手にそう感じていたのかも。どちらにしても彼は常にドヤ顔をしていたのだ。僕は彼に会うたびに「なぜ彼はいつも見せつけていないのに見せつけているような表情をしているのだろう」と思ったものだ。そして同期の中でも彼の事は割と好きだった。彼は今でもドヤ顔をして仕事を続けているだろうか。

 どうでもいいけれど、今猫がキャットフードを食べている。所謂ドライフード、カリカリというやつだ。時折「カリカリ」と音がするが、よく観察するとほとんど噛まずに飲み込んでいるようだ。今日は割と全部噛まずに飲み込んだ。猫の喉は詰まらないのだろうか。

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高温注意報

 テレビでは高温注意報がどうのこうのと言っていた。知ったことか。洗濯物が乾くのだから、高温のどこが悪いというのだ。こっちには好都合だ。
 甲子園を見ていた。敦賀気比高校の打線を見ていたら、リードされているのに負けるとは思えなかった。夜勤明けだったので途中で眠くなってしまって、甲子園の結末を見ずにベッドに移動した。
 ベッドでiPhoneを操作していると、これから寝るつもりなのに、なぜかGyaoのアプリを開き、アニメを検索して『はだしのゲン』を発見した。それを再生すると途中で閉じることができなくなり、涙を流しながら最後まで観てしまうのだった。8月6日広島、8月9日長崎と、なぜ原子爆弾は投下されなければならなかったのか。何も悪いことをしていない一般市民を巻き込んで、核の果実は残忍な歴史を刻んだ。アメリカ人は『はだしのゲン』を観たり、読んだりしたことがあるだろうか。いやおそらく『はだしのゲン』自体を知らないだろう。知っていたら、核の保有などできるはずがないのだ。知っていて核を保有しているとしたら救い難い。勝手に戦争をするのなら、軍部だけで殴り合ってくれ。一般人を巻き込むな。

 僕はある飲食店で夕食を感謝して食べた。『はだしのゲン』のことを考えながら、感謝して、ご飯をお代わりした。ご飯お代わり無料なんて信じられないくらい幸福なことではないか。食べたくても食べられなかった戦時中のことを思うと泣けてくる。お腹いっぱい食べたいと夢見て、消えて行った信じられないほど多くの命のことを思うとやりきれない。明日9日は長崎の原爆の日。黙祷。

 『はだしのゲン』に泣きながら最後まで観て眠り込む。アイスノンを枕にし、扇風機をこちらに向けていたから割と涼しかった。ふと目覚めると全身汗だくになっていた。Tシャツがびしょびしょだ。アイスノンは冷気を失ったアイスマンのようになっており、扇風機はいつの間にか帰宅した妻の方を向いていた。僕は30度以上ある室内に熱中症対策を何一つせずに放置された状態だった。暑い、と悲痛に叫んで妻に扇風機のことで文句を言った。「なんね、水でも浴びて来んね」と一蹴され、シャワーで冷たい地下水を浴びて身震いした。高温注意報は実に不都合なものだった。



 しかし、なぜ猫はこんなに暑いのにわざわざ日当たりの良い場所に寝転んでいるのだ?化け物ではないか。

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空虚な教室

 今日読んだ『中国行きのスロウ・ボート』という短編小説には、おそらく手違いで、なぜか一人だけ模擬テストの会場を自分の校区から離れた、電車で30分ほどかかる中国人小学校にされたという話が書かれていた。これを読んで、僕は小学校の頃の何かの予防接種を自分の学校でない、別の小学校で受けることになったのを思い出した。その時、僕のクラスメイトは一人もいなかった。記憶が曖昧だが、保険の先生か誰かの車に乗せられて、僕と下級生が1人または2人ほど連れて行かれた。知らない校舎に入り、注射の順番を待っていた。
 おそらく僕は自分の小学校でそれが行われた日に休んでいたのだろう。僕は学校を休みがちな病的な少年だったのだ。医者はその日は僕の学校で予防接種をし、翌日または翌週には他校で行うことになっていたのだろう。その辺の事情は当時の何も考えていない小学生には理解しがたいものなのだ。いや、今でさえそんなことがあろうものなら「ふざけんじゃねえ、うちの学校でやれよ」と憤慨したに違いない。
 他校に連れて行くことは、予防接種を漏れなく受けさせなければならない学校側の当然の対応だったはずだ。しかし、僕にとっては迷惑な話だった。迷惑なのはこっちの方だ、と先生の声が聴こえる気もするが。

 なぜか僕は上半身裸の状態で立っていた。問診を終えた後、看護婦か誰かが「隣りの教室に移動して下さい」と言ったので、服を脱いだまま移動したのだ。しかし、その教室には誰もいなかった。なぜ他校まで来て、誰もいない教室に一人で半裸状態で待たされなければならないのだろう。しかもいつになっても何も起こらないのだ。つまりは医者も看護婦も現れない。何も考えていない子供でも、さすがに訝しく思う。だが、待つ以外にどうしろというのだ?
 待機している間に学校のチャイムが虚しく鳴り響いた。隣室ではまだ問診が続いているのだろうか。しかし、おかしな話ではないか?僕の後に何人も並んでいたはずなのに、誰一人としてこの空虚な教室に入って来ないのだ。

 時は経過した。虚無的な教室の入り口(僕が入って来た隣室からの扉でなく、廊下からのドア)が開いた。僕よりも年少らしき小学生達が頭に手ぬぐいを巻き、ぞうきんを持って雪崩れ込んで来た(これは長野県特有の清掃スタイルだろうか。あなたの小学校では清掃時にどのような恰好をしていましたか?)。
 僕は呆然と立ち尽くしていた。一体どうしたというのだ?ここは予防接種の会場だろう。なぜ、清掃が始まったのだ。いや、清掃が始まったのは良いとしても、なぜこの生徒たちは予防接種を行うデリケートな場所に堂々と入って来たのだ?
 しかし、実際に驚いたのは向こうの方だったのかもしれない。掃除をしようと思って教室(それは図工の教室だったと思う。分厚い板のテーブルに万力が仕掛けられていた)に入ると、上半身裸の少年が恥ずかしそうに立っているのだ。その場に居合わせた誰もが「あなたはなぜここにいるのですか?そしてなぜ上半身裸なのですか?」と問いただすだろう。実際子供が抱く心の声は音声となって「なんでここにいるの?」という風にある種の残酷な響きとなって聴こえてきた。
 その後の事はよく覚えていない。その生徒たちが先生に伝えてくれたのか、僕の学校の先生が探し出してくれたのか、看護婦が見つけてくれたのか、酷く曖昧である。僕はその空虚な部屋で恥を晒したが、なんとかその場を逃れることができたと思う。僕は隣室と言われ、医者のいる教室とは反対の教室に移動したのだった。しかし、なぜ誰もそれを止めなかったのだ?実に不親切だ。まさか間違えるはずはなかろうとでも思っていたのか。甘い見解で物事を運ぼうとすると、僕のように風変りな行動に出る小学生も出てくるのだ。あれは医者または看護婦の責任だと主張したい。そもそもそこは僕のいるべき場所じゃなかったのだ。

 今僕はその時小学生であってよかったと思っている。



 文中「看護婦」という表現を用いているが、これは当時を感じられる言葉として使うことにした。現在(2002年より)では男女ともに「看護師」に統一されている。

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バラが咲く

 昨日辺りまで、いいように事が運ばない状況を7月の後半で巻き返してやろうと思ってたのだが、もう8月に突入していることに気付いた。
 九州も梅雨明けし、晴天が続いている。ここぞとばかりに洗濯をして、布団を干した。羽毛蒲団や毛布などは圧縮袋で圧縮してベッドの下の収納スペースに詰め込んだ。



 暑くて何もしてないのに汗が吹き出してくる。猫もバテ気味。



 これでも一応女の子。暑いのに、水でなく、ぬるま湯を飲むのだ。こだわりがあるらしい。



 ベランダのバラが開花した。今年2度目だけど、バラというのは年中咲くのだろうか?

 最近やる気がなくて、今日もブログを更新するつもりなんてなかった。

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たびびと

Author:たびびと
こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
時間がいっぱいあるので、ブログ始めてみました!

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