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一滴たりとも残らなかった

 電車の座席に座り、喉が渇いたのでリュックから水筒を取り出そうとした。水筒を取り出すと軽い。500ml近くの麦茶が入っているはずなのに、全く抵抗を感じずにリュックから取り出せた。必要以上の筋力を使った反動で勢い余ってバランスを崩したほどだ。その時の僕はマギー審司のようにビックリした表情をしていただろう。水筒が軽くなった代わりに、仕事の制服が本来の2倍、いや3倍ほどの重さになっていた。ピッコロが修練の為に纏っている肩パット入りのマントのように重かった。そんなマントをまとったことなどないが、多分同じくらい重かった(ピッコロのマントも随分軽いものだなあ・・・)!そしてダサい制服が茶色く変色し、ビショビショに水気を帯びていた。
 水筒の中の麦茶が一滴も残らずに制服に吸い取られた!
 これが帰りの電車ならよかった。これが出勤時だったからやる気が失せた。やる気満々だったのに途端に意欲を失い、一瞬のマギー審司から無表情になり、家に引き返したくなった(はじめからやる気などない)。運よく、職場の控室に誰かの制服があったので、それを拝借した(運が悪いからこうなったんだ、というか何で勝手に他人の制服使ってるんだよ)。

 帰宅して「ねえねえ見て見てー!」とリュックから水筒を取り出して妻に見せた。僕が何も言わないうちから「やっぱり」と妻は言ってニヤニヤし出すのだった。そして、妻はゴムの輪っかを手に取った。それは水筒に使われている大事なパッキンだった。僕は朝、水筒を準備する過程において、その大切なパッキンを付け忘れていたのだった。職場で「水筒が壊れた!」と頭を抱えていた。「1,500円損した!返せ!」とやりきれない気持ちで過ごしていたのだった。このやるせないモヤモヤを誰かに告げようかと思っていたが、幸い壊れたと思っていた水筒は壊れていなかった。得した!

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空間を支配する

 むしゃくしゃしながら仕事から帰って来た。イヤホンからPerfumeが流れてきた。僕は癒された。いや、自分の苛立ちを誤魔化すくらいの作用はあったと思う。だがしかし、家に帰り着くと途端に顔を真っ赤にして「損した!」と叫ぶのだった。部屋の中をうろうろ歩き回り、「これでは身の破滅だ!」と頭を抱えた。と言ってみても別に身の破滅になるようなことは何もないのだが、なぜか損したような気持ちになってしまうのだった。

 とにかく疲れた。仕事に疲れてしまった。汗が流れ続けた。帰る頃にはスメハラで訴えられて、禁固刑になるくらいの異臭を放っていたと思う。いや、もう自分でも汗臭いなあと思うほどだった。自分で感じられるレベルってのは結構ヤバいと思うのだ。いや、もしかすると僕ではない他のやつがクサかったのかもしれない。しかし僕以外に臭そうな人がいなかったので、おそらく僕だろう。周囲の人には本当に申し訳なく思うのだ。どうしたら予防できるだろうか。毎日風呂には入ってるんだがなあ・・・

 スメルハラスメントというのはかなり悲惨なことだと思う。周りの人は臭すぎてダメージを受けるし、ニオイを放っている人は好きで放っている訳ではないのに知らないうちに自分の株価を下げてしまうのだ。もう暴落だ。僕の友人も職場にクサい人がいるんだと悩んでいた。毎日頭痛に悩まされ、首を意図しない方向へと勝手に引っ張られ(誰に引っ張られるんだよ)、夜も眠れないという。僕も結構汗クサいし、おっさんのニオイがすると思うが、その友人の家に泊まった時は特別何も言われなかった。「汗だくになった君を目の前にしても俺は何も感じない?この意味がわかるか?」彼は確かそんなようなことを言っていた。一体彼の職場では何が起こっているというのだ?あまり深入りしたくない事柄ではある。

 僕も男を磨かなければならない。精神と肉体の練磨、そして僕より生み出される思想が放つニオイにまで気を配りたいと思う。とりあえずお風呂に入って、ボディソープで体を洗った。これでニオイは大丈夫。と真剣に思うやつはいるのか?いくらキレイに洗っても、時間が経てば、その臭気はたちまちのうちに復活し、立ちのぼり、空間を支配するのだ。

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あんた、もういい歳したおっさんやろ

 一通りの家事を済ませ、床にどかっと腰を下ろすと手の届く位置にあった本棚から一冊のカビ臭い本を取り出した。あるページを開き、声に出して読んでみた。舌足らずでどもり気味の朗読だった。誰かに聞かれたり、姿を見られたりしたら、おかしな人だと思われたに違いない。でも僕にはそれが心地よかった。声を出すとすっきりした。

 コーヒーを立て続けに2杯胃に落とし込んだが眠かった。ちゃんと寝ているはずなのに。起床から大して時間も経っていないのに。寝ている時間はなかった。僕は昼食を作り始めた。メニューはいつもの如く簡単なもの、親子丼だ。簡単でも自分で作っていた方が、余計なものが入らないからいいのだ。作っているうちに妻が仕事から帰り、猫もお腹が空いたと訴えた。食事が済むと間もなく妻と出かけた。
 妻の用事で車のディーラーに行った。用事を済ませた後、僕が「私が運転しよう!」と妻に申し出た。じゃあよろしくということで運転を変わった。営業担当の人が後方で「オーライ、オーライ」と言って手を振ってくれていた。その姿をサイドミラーで確認しながらバックしたが、営業担当者の表情がかなり微妙だった。僕の運転が下手だったからだ。いい歳して、とてつもなくゆっくりと後退するものだから、営業担当は必要以上に「オーライ、オーライ!」と叫ぶのだった。「この人は一体何をやっているのだろう」という営業担当の痛い眼差しを後頭部に感じながら、僕はそれでもゆっくりと後退し、ゆっくりとディーラーを後にした。頭髪の後退はハイスピードだったが、自動車の後退は未だに緩やかだ。これは村で一番のろまと称された祖父ゆずりかもしれない。本当にいい歳して何をやっているのだろう。体ばかりデカくなって・・・(この表現は友人が学生時代に好んで使っていたな、懐かしい・・・)。

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悲しかった

 ニュースを観ていたら涙が出てきた。今日一日楽しいと思ったことや不満に思ったことが全部どうでもよくなった。

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昼間の出来事

 夕食後、シャツにアイロンをかけながら、昼間の出来事について考えていた。シャツはピシャッとカッコよくなっていったが、昼間の出来事のために心のシワがいつになってもピシッと伸びきらないままだった。

 夜勤の最中、友人にあるウェブサイトを教えてもらった。何のサイトかは言わないが、とにかく僕はそのウェブサイトに興味を持っていた。期待に胸を膨らませていた。夜勤が終わるのを待ちわびた。仕事が終わったら家に帰って、ゆっくりとじっくりとそのウェブサイトを閲覧しようと決め込んでいた。仕事が終わると僕は上機嫌で職場を後にした。TSUTAYAで『ペコロスの母に会いに行く』を探して見当たらなかったこともさほど気にしなかった(この本は妻が職場に置くというので探していた)。ファミリーマートで抹茶フラッペを買った。新商品を手にご機嫌で帰って来た。たとえ抹茶フラッペが売り切れていたとしても、僕は上機嫌だったろう。
 帰宅してシャワーを浴び、洗濯と食事を済ませて落ち着いた。「よぉし、さあ、行くぞー!」とウェブサイトを開いた。そのページを開いて、最初のクリック(ワンクリック)をした瞬間に「登録完了しました」と訳のわからない文言が目に飛び込んできた。

「嘘だ!こんなのでっち上げだ!何かの陰謀だ!」

 そして登録に伴う請求金額は「はい、120,000円になります!」と全く以てふざけた事を言ってくるのだ。「この僕を精神的に追い詰める気か!」とその場で叫んだ。画面上には訳のわからない24時間のカウントダウンが開始されていた。ふざけんじゃねえ。僕はそれを無視することに決めた。
 そのことを友人に伝えると、彼までもが僕の精神を揺さぶるような事を言ってくるのだ。彼は面白がっていた。僕のシケた行動が彼の気に入ったようだった。

 心のシワが伸びきらない。というかズタズタでグチャグチャでケイオスディメンションである(何を言っているんだ)。顔にも無数のシワが刻まれつつある。いつの間にかぼんやりとしており、手元を見るとせっかくきちんとアイロンをかけた場所だったのに、誤ってシワを寄せてまたアイロン掛けしてしまっていた。「しまったー」と僕は叫んだ。その声は網戸の向こうの暗闇へと消え、隣人の耳に入ったかもしれない。その隣人は「今時にない古風な叫び方だな」とニヤニヤしながら考えたかもしれない。

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今日は猫草を植えました

 この3日間というもの、暇だったので或るモラルについてずっと瞑想を続けていた。ある物事について時間をかけて考えることが好きなのだ。考え続けていたら、他のことなど手に付かない。気付くとブログも3日間更新していなかった。更新していたつもりだったが、なぜか更新できていないのだ。沈思黙考が度を越え、時間の概念をも消し去ってしまったからだろう。というのは嘘で、久しぶりに昼勤が3日続いて疲れ果て、帰宅するとバッタリと床に倒れて眠ってしまったのだった。世の中の人は平日5日間、あるいはそれ以上ずっと働いているのに、僕は3日で音を上げてしまった。いや、実際には1日を終えるごとに疲労困憊で床に仰臥していた。なんとも情けない根性をしている。薄れゆく意識の中で自分の仕事が性に合っていないと思いつつも、ではなぜ他の事を始めないのかと自分の行動力のなさに不機嫌になるのだった。僕は浮浪者のように床に転がって微動だにしなかったが、将来に対するぼんやりとした不安になんとか抗おうともしていた。頭の中のもろい崖はいつも崩れつづけていた。

 今日は今日で朝から不機嫌に車を運転していた。昨日書き忘れていた書類を書くためだけに職場に行かなければならなかった。起きたばかりで朝食も摂らずに出かけたので、明晰さが欠けており、もともと不安定な運転がさらに不安定になった。日曜日の早い時間だったのでそれほど交通量は多くなかったので助かった。職場の駐車場では何度切り替えしても真っ直ぐに駐車できなかったので諦めた。

 家の駐車場に戻って来た時、妻がサッカー観戦に出かけて行った。僕は駐車に苦戦していた。酷い頭痛がした。その頭痛は一日中続いている。我慢ができずについに頭痛薬を服用した。ほとんど一日中寝ていた。一切のやる気を喪失してしまったかのように。何もかも投げ出してしまいたい。そんな時もある。そんな時が今日だった。

 夕方、脈打つ頭痛に耐えて猫草を植えた。奮発して2つの鉢に植えた。今日はこれくらいしかしていない。

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沈黙の音読から「ううああうああ」へ

 結局のところ、速読というものは必要ないのかもしれない。僕個人に関して言うと。つまりストーリーや文章に凝ったものを読むのであれば、精読の方が向いているという訳なのだ。僕は小説ばかり読んでいるので、じっくりと文章を楽しみながら読む方が性に合っている。
 ビジネス書等、文章自体に重点を置いていないもの、内容を理解すれば十分なものに関してはやはり速読術は必要と言えるだろう。だが、大体そういうものは速読はできなくても、目次で必要なものを探して、適当に読み飛ばして、あまり時間をかけずに読書を済ませているのだ。と言うと負け惜しみのようなので、一応速読について基本となることを調べた。

 当たり前のことだが、「心の中のつぶやき」だとか「頭の中の音読」だとかそういったものをやめることが速読の基本ということであった。僕は”沈黙の音読”というセガール的な行為を長年続けているから、それが体に染みついてしまって、なかなか捨て去ることができないのだ。だからいつまで経っても読むのが遅い。そこで意味を持たない呪文のようなものを唱えながら読むと読書スピードが格段に上がるという記事を読んだ。僕は唱えてみた。

「ううああうああ、ううああうああ、ううああうああ、ううああうああ、ううああうああ、ううああうああ・・・・・」

 頭の中にはゲームのシーンが繰り返されて、読書なんてもうできなかった。僕は読書をやめた。

 速読については今後も探究を続けて行きたい。本を買ってみようとも思ったが、お金がないので(小説を買ってるじゃねえかよ)、まずはネットの情報を少しずつ集めて行こうと思う。とにかく、頭の中の音読をやめることから始めてみよう。

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僕は粉微塵になって消えた

 妻は発熱があり、体がキツいと言っている。僕は職場にいて、仕事が終わるのは明日の朝だ。ダメだ。こんなことをしていては。必ず仕事を辞めて家にいなければならない。

 平日9:00-15:00の休憩1時間という体に負担のない仕事をして、妻が病気の時は看病し、僕が病気の時は寝たきりになり、昼食はカップ麺という質素な食事を摂り、日照りの時は猫草を植え、寒さの夏などありはしないので羨んで、みんなにニートと呼ばれ、バカにされたら腹を立てるが、苦にもされず、そういう者に僕はなりたいと常々思う。別に妻の看病を口実にして楽したい訳じゃない。元々仕事などしたくはないのだ。何もせずともお金が流星のように僕の頭上に降り注ぎ、生活できるのであれば、僕は仕事などしない。すると妻の看病も出来るし、猫と過ごす時間も増えるからとても嬉しい。

 こういう甘いことを言っているから、いつもシケてばかりなのだと薄々勘付いてもいる。だが遺伝子レベルの逃避行を誰が止められよう。自然と逃げ腰になっているのだ。

 今、目の前に一冊の本が置いてある。仕事には関係のない本だ。いや、これは哲学の本だから、関係ないとも言えない。大いに関係があるかもしれない。この一冊の本を今日は仕事の隙間時間に読もうと思っているのだ(仕事する気ねえな・・・)。僕の秒速1文字という自分の中ではベストの読書スピードで挑むのだ。あの『猟人日記』をも読破した読書法である。

 ああ、クソ!僕は劣等感の塊だ。今日はまた死にたくなった。死にたくはないが、そういう表現を使いたいくらい自分が情けなくて、恥ずかしい気がした。友人の知り合いは速読が出来るらしい。それを聞いただけで僕はコンプレックスに圧迫され、一つのビー玉ほどの大きさにまで一瞬で圧縮された反動で大爆発し、粉微塵になって消えんばかりだったのだ。僕にしてみたら、友人もかなり読むスピードが速いのだ。その友人が速いと言っているくらいだから、おそらく1万ページを数秒で読むという僕の理想的な能力に匹敵するか、もしくはそれに近いスピードと精度とパワーを持っているに違いないのだ。僕は嫉妬に荒れ狂っているのだ(僕は些細なことで嫉妬する)。
 そして、僕は一冊の本を目の前にして眩暈がしている。この眩暈の仕草を、誰もいない職場で実践するしかなかった。直立し、背筋を伸ばした気をつけの正しい姿勢で、上半身をグルグルと回し始めた。

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夕焼け小焼けで陽が暮れて

 16時頃に眠気に襲われて、どうしても眠りたくなかったので、コーヒーを飲みながら本を読んでいた。それでも眠気が去らず、ついに座椅子を倒して10分だけと念じて目を閉じることにした。網戸の外からサイレンの音が聴こえ、目を開けると17時になっていた。夕食の準備に取り掛かった。

 18時を過ぎた頃、窓の外を眺めながら「夕焼け」についてしみじみと考えてみた。夕焼けが素晴らしかったからだ。なぜ夕方になると途端に虚しくなったり、焦ったり、落ち込んだりするのか。ことに休日の美しい夕焼けというのはなんとも切なく、また憂鬱なものに思われた。きっと明日が仕事だとか、今日という一日が不満足に終わろうとしているとか、楽しい一日があっという間に過ぎてしまったとか、色々な思いがあるはずだ。でも、僕はここで夕焼けが悲しいのは「夕焼けだから」という理由にしてみたい。夕焼け、それ自体が悲しくもあり、虚しくもあるものなのだと。いろんな理由はすべて夕焼けという美しい風景に集約され、夕焼け自体がすべてを表してくれているのだ。夕焼けというのは人々の一日の思いをすべて背負ってくれているのだ。
 ある日のスーパーでの自分自身の心の動きを思い出した。そのスーパーは激安で、多くの人々で賑わっていた。僕は珍しく周囲を観察しながら店内をウロウロしていた(いつもは伏し目がちで人を避けるように歩いている)。するといろんな人々が目に映った。疲れた表情の人、何も考えてなさそうな人、怒った表情の人、一人でニヤニヤしている人。それぞれの人の生活を想像してみた。それは全くの想像、偏見に満ちた作り話だったが、みんな一生懸命生きていて、大切な自分の生活を持っているのだと思ったものだ。
 ある作業服姿の男性はおそらくバツイチの独身者で、お酒が好きだ。夜はテレビを観ながら飲むことを至福の時としていた。スーパーで買った激安の寿司をつまみながら(その寿司は僕も好物だ)。野球中継を見ながら、昔はよかったなと感慨にひたるのだ。狭いベランダに出てタバコを吸っていると川の水面に月が反映していることに気付く。それを眺めながら離婚した元妻と会う事を許されない息子のことを思い出して時折泣いたりもする。
 ある家族連れは休日の日にみんなで釣りに出かけるのを趣味としている。ある日は坊主で終わることになり、末っ子のヒロシは納得できずに川辺でさめざめと泣くのだった。父親は末っ子ヒロシを慰めるために帰りの定食屋で魚定食をご馳走するが、ヒロシは坊主が悔しくて、またここでも泣くのだった。
 他にも多くの人々が行き交って、スーパーを賑わせていた訳だが省略しよう。この日、僕は人々の生活を勝手に想像し、また勝手ながら、どんなに感動したことか。

 無差別殺人について、あくまでも簡単に考えてみた。よく聞く「誰でもよかった」という許すべからざる理由を(どんな理由をもってしても殺人は許されることではないが)。人々にはそれぞれ大切な守るべき生活があり、それぞれが深く感じ入って日々を過ごしているので、それは何物にも代え難い尊いものなのだ。そういう尊い時間を過ごす人たちに対し「誰でもよかった」などとふざけた理由を述べ立て、刃物を向ける行為を決して許すことはできないのだ。街に出て、人々の姿を観察してみるといい。そして想像してみてほしい。それぞれに幸せがあって、誰もそれを侵してはならないのだ。人々は一生懸命生きている。自分だけが苦しいと思って、取り返しのつかない八つ当たりをしてはならないのだ。おそらくは心神喪失などという状態だったという言い訳が後付されるのだろうが、そんなことなど聞いてはいない。中には鼻持ちならない下賤な輩もいて、無性に殴ってやりたくなるようなヤツもいるにはいるだろうが、みな尊き生活を抱えているのだ。

 物思いに耽りながら、冷め切ってしまったコーヒーを飲み干した。夕焼けは実に様々なことを僕に投げかけてきた。

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よるの電話

 24時間ぶりのシャワーは気持ちがよかった。昨日は蒸し暑いのか、体調が悪いのか(確かに気分が悪かった)、よくわからないが、額に大量の汗をかいていた。職場の人にも言われるくらい滝のように汗をかいていた。仕事を始める前からだ。一通り仕事を片付けて、夜間落ち着いた時間に自分でも汗臭いと気付くほど、僕は汗をびっしょりとかいていた。その場で全裸になって、シャワーを浴びたいくらいだった。夜間にシャワーを浴びてもバレないだろうが、何かあったらマズイのでさすがにそこまで大それたことはできなかった。
 仕事をすぐに終わらせて、走って最寄駅まで走り、退勤18分後の最速で帰宅できる快速電車に飛び乗った。帰宅して、すぐさまシャワーで十数時間分の汚れとニオイとストレスと疲れの数パーセントを念入りに洗い流した。

 妻が昼過ぎに帰宅した。二人で今日は餃子の王将にご飯を食べに行った。ここで僕たちはシケた。料理を注文しすぎたのだ。いや、決してそこまで大量の注文を出した訳ではなかった。ところが量が思った以上に多かったのだ。15時頃のことだった。妻はチャハンの半分も食べていないのにギブアップしたので、僕は餃子定食とチャハンと唐揚げをすべて食べることになってしまった。最後のチャハンは重かった。僕は今日、夕食を一切食べていない。食べる必要がないのだ。おそらく一食で1日分のカロリーをオーバーしているだろうし、何よりお腹がパンパンで1ミリも何かが入り込む隙間がないのだ。

 夜、母から電話があった。普段こちらから電話をするが、向こうは僕が夜勤をしているかもしれないからあまり連絡をしてこない。何かあったのだと感じ取った。僕は嫌な予感がした。

母「お父さんがね・・・」

 ドキッとした。

母「お父さんがメールを送ったけど見た?」

 つまりはこういうことだ。父が実家に送られてきたクレジットカードの重要書類を開けた。普段は僕宛ての書類の中身は確認しないが、重要と書かれていたので、父は中身を確認することにしたのだった(この判断は最良と言える)。そこには「○○円の利用があったが引き落とし口座の残高が足りない。一体どうなっているのだ?至急連絡をよこせ、そして入金しろ!」という差し迫った内容が記されていたということだった。
 僕はびっくりした。詐欺かと思った。そのクレジットカードは今は全く使っておらず腐っているのだ。引き落としの銀行口座も一切使っていなくて、残高は数百円で、その数百円をどうやって引きだそうかと画策していたところだった。電話で父から利用内容を聞いた時には納得した。PCで利用しているセキュリティソフトを時期がくるとぼつぼつ自動更新をするようにしていた。その際、更新料をクレジットカードで支払っていたので、その引き落としがあったらしい。
 お金がないくせに銀行口座ばかりが増えていったので、訳がわからなくなっていた。この際解約してもいいのかもしれない。時期を見て、解約してやろう。
 僕はその連絡の後、すぐさま入金しただけでなく、セキュリティソフトのクレジットカード情報を最新のものに更新した。僕の持ついくつかの契約情報はかなり古いもので、今日判明したクレジットカードの情報は職場が数個前のものだったし、住所は実家になっていた。セキュリティソフトの登録者情報も前の住所で、前のメールアドレスだった。捨ててはならないアカウントをうっかり捨ててしまっていた。ログインしようにも、メールアドレスが間違っているのか、パスワードが間違っているのかわからなくて、かなり時間がかかってしまった(結局、アドレスもパスワードも間違っていた)。

 何かを契約したり、サービスに登録した際のメールアドレスやパスワードなどの情報をちゃんと管理した方がいい。当たり前のことだが、僕は当たり前のことを当たり前にできていなかった。

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金枝篇

 僕が悪いのだ。放ったらかしにしておいたのだから。しかし、なぜなのだろう。そこは水気のない場所だった。ベッドのヘッドボード付近。そこにまとまった水分が出現するなどと誰が思うだろうか?雨漏りでもしない限り、その場所は濡れることはない。



 『初版 金枝篇-上-(ちくま学芸文庫)』気が向いたら開いて読んでみようと思った本である。この前気が向いたのはもう随分と前のことだった。そうやって意味がないと言えるレベルの腐った読書法を実践していた訳で、この『金枝篇』もベッドのヘッドボードで数ヶ月腐っていたのだ。その間、僕は1ミリたりとも触れることがなかった。寝る前に読もうとすると必ずスマホに手が伸びて、それだけで満足して眠っていた。
 たまたま昨夜電気のスイッチを探してヘッドボードを手探りしていたら『金枝篇』に手が触れた。数ヶ月ぶりのことだった。僕は瞬時に違和感を覚えた。初めはそこに二冊置いてあるのかと思った。だが、それは一冊の本だった。しかし、明らかに本が分厚くなっていた。ページ数が触れない間に増えてしまったのかと思った。



 「何だこれは?」と僕は家長らしく威厳に満ちた調子で静かに言った。『金枝篇』は何らかの水分を吸収した後乾き、美しかった紙がビロンビロンに波打って、ページをめくると400ページ以降から異音がするのだった。黄色いシミが見受けられた。信じられなかった。寝ようとしている妻にこの呪いのような出来事を話すと笑われた。



 とにかく眠ることが肝要だ。僕はきっと疲れているのだ。何かの間違いだ。



 夢から覚めた時、目の前にある事実は少しも変わっていなかった。



 しかし一体なぜ枕元に水気があったのか。なぜ本が、『金枝篇』だけが濡れていたのか。ヘッドボードは濡れた形跡がない。なぜ?



 こいつの仕業か?妻に言うと「天ちゃんのせいにしない」と叱られた。尿かもしれなかったが確かにニオイはしないのだ。天の仕業ではないのだろう。「まさか君か?」と僕は問いただすと「あなたがマグカップを割った時、私は責めたかしら」と妻は言った。「ごめんね」と僕はただひたすらに謝った。直後「大事にしてたのに!」と恥も外聞もなく叫ぶと「大事にしとらんから濡れたんやろ」と妻は当たり前のことを当たり前に言った。

 しかし得心がいかない。なぜ水が・・・。水気のない場所に一体なぜ?



 この『金枝篇』は文庫本だが1,500円と結構な高額な書籍である。読んではいないが内容は価格以上に面白いに決まっている。それだけに痛い・・・全然読んでないけれど、いや読んでもないからこそ痛いのだ。

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砕け散った

 仕事から戻り、朝食というか、どちらかというと昼食に近い時間帯に食事の準備に取り掛かった。棚から食器を取ろうと思った時だった。手に取った食器に、この前買った有田焼のマグカップが引っかかり、落下してしまった。頭が真っ白になり、慌ててキャッチしようと思って最速で手を伸ばすと、マグカップは僕の手の平の上でバウンドして棚に激突し、モナカのように簡単に砕け散ってしまった。しばらく立ち尽くして動けなかった。有田陶器市の思い出が蘇ってきた。あちこちを歩き回って、最後に辿り着いた有田陶磁の里プラザで、妻が選んで買ったものだった。僕のマグカップが割れたらよかったのに、なぜ妻のものが割れてしまったのだろう。妻は何も悪いことをしていないのに。
 妻は仕事中だった。夜にならないと戻って来ない。僕は心にモヤモヤを抱えたまま、夜まで過ごすことなどできなかった。「ごめんね」と特別理由を告げずに2度ほど、いや3度メッセージを送った。すると昼休みになって妻が電話をかけてきた。

「カップ割ったっちゃろ」

 第一声がそれだった。何も言わなくても、もうわかっていたようだ。さすが妻である。妻は許してくれたが、とにかくずっと謝り続けた。マグカップは一瞬にして砕けたが、僕の心はゆっくりと時間を掛けて終わりなく砕け続けていくようだ。

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深夜の物音

 昨夜消灯してしばらくすると猫がガサガサと何か悪さをしているのに気付いた。はじめは気にせず寝ようとしていたが、ちょっと確認しようと思い立った。リビングのゴミ袋から音がする。電気を点けると猫が首を突っ込んで漁っているのだった。
 猫を捕らえて「何をしている!」と威厳に満ちた調子で尋ねた。猫は無言で僕の顔を見上げるのだった。ヒゲに白いものが付着していた。甘い匂いが漂って来た。生クリームだ。食後のケーキを巻くようにして付いていたあの透明なやつに付着した生クリームを舐めていたのだ。
「ダメだろう。虫歯になってしまうぞ!二度としてはいけない!いいな!」と深夜のリビングに僕の声が響いた。猫は「ヒャッ」と一言感想を述べて、暗闇の中へと姿を消した。僕は一件落着とばかりに眠りに就いた。

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やっつけた

 かなり久しぶりの昼勤だった。朝起きるのは全く辛くないが、凄まじく眠く、体がダルく、おかしな仕事なぞには行かずにもっとたっぷり寝てから、自分のしたいことをして過ごしていたかった。そこで僕は決意した。仕事に行ったら、サボることだけを考えて、削れるところは極限にまで削り、無駄な時間を排除して、必要なことのみに集中し、必ず定時で上がるのだと。つまり、サボりまくってやると決意したのである。という訳で、僕はやっつけてやった。きっちり定時で仕事を終え、タイムカードの関係で理不尽に5分間という貴重な時間を搾取され、憤慨して帰って来た。

 帰宅するとシャワーを浴びて、夕食に皿うどんを作った。以前にも説明したが、皿うどんというのは素晴らしい料理なのだ。美味しいだけでなく、野菜も摂れて、非常に安価なのだ。麺を楽しむことができる。最初はパリパリの麺で、あんかけが染み渡るとトロッとした柔らかな麺へと変わるのである。実に美味い。
 しかし、僕は料理をしている最中、とてつもない疲労感に襲われた。仕事など全く辛くはなかったが、足が棒のようで、節々は軋み、腰は砕け、背中が突っ張り、肩は悲鳴を上げるほど凝り固まって首が意図しない方向へと引っ張られ、めまいと頭痛が断続的に発生し、目は常に血走って乾燥し視野が狭まり、呼吸は乱れがちになり、喉が枯れ井戸のように乾き、口内炎が疼き、内臓痛が絶えず、気分が酷く塞ぐのだった。

 夕食後に駅付近のケーキ屋さんで買って来たケーキを食べながら、将来に対するぼんやりとした不安について考えたり、考えなかったりした。帰宅直後にシャワーを浴びたばかりだったが、食後しばらくしてお風呂にも入った。例のごとく『猟人日記』を読んだ。ロシアの美しい風景の中を旅した。本の中では実に羨ましい自由と自然があるのだった。一方、現実を見ると色々と鼻持ちならない物事が持ち上がって来ているのだった。僕はそれを毎回毎回やっつけなければならなかった。実に煩わしいことだが、仕方のないことだ。
 もうすぐ『猟人日記』も読み終わる。実に長い旅であった。なぜか『戦争と平和』を読むより時間がかかってしまった。僕はあまり読書をしないけれど、イワン・セルゲーヴィチ・ツルゲーネフの『猟人日記』というのは僕の心に残る一冊となるだろう。もし無限に近い数の中から一冊だけ手元に残さなければならないと言われたら、この『猟人日記』の上巻か下巻のどちらかを選ぶだろう。シケた!一冊完結の本にすればよかった!

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不安定

 昨日はなんだか疲れ過ぎていて、ブログも書かずに寝てしまった。朝も9時過ぎまで起きることができなかったほどだ。

 昨日は夜勤が11時に終わり、帰宅した時にはもう午後になっていた。食事を済ませ、洗濯物を干して昼寝をしていた。妻は14時過ぎに帰宅した。ぼんやりと「ああ、帰って来たんだなあ」と思った。「ご飯!」と僕は妻に空腹を伝えてすぐに目を閉じた。気付くと17時を過ぎていた。妻の姿が見当たらない。洗面所で顔を洗っていると、後ろに妻が立っていて「すぐに出かける準備をして」と言われた。
 助手席に乗って、僕はネットのアンケートに答えながら、義父の入院している病院に向かっていた。最近は隙間時間に小遣い稼ぎをすることにハマっているのだ。妻が「タオルを届けるだけだから来なくていい」と言うので、病院の駐車場でアンケートに回答しながら待っていた。スマホは操作性が悪いので、所要20分のアンケートに30分以上かかった。通常は数分で30ポイントとかのアンケートが多いのだが、そのアンケートは所要時間20分で2000ポイント(200円相当、円にすると少ねえな・・・)近いデカマルなポイントが得られるものだった。時給換算すると少ないが、隙間時間でできるというところが利点なのだ。アルバイトをしようとするとどうしてもまとまった時間が必要になるのだから。
 アンケートを終える頃には僕はあるハンバーグ屋さんにいた。いつも通りかかっているばかりで一回も入ったことのない店だった。いつも客が多くて、きっと美味いに違いないと思っていた。実際、美味だった。そして割と安かった。ファミレスだともう少し高くて、美味しくないハンバーグが出てくるだろう。この店は美味い。満足だった。
 食事を終えると、イオンモールに寄って公開されている映画をチェックした(観てはいない)。というのも映画鑑賞チケットが2枚手元にあるので、期限が切れる6月までに観たい映画を決めなければならないのだ。その後の事はあまり覚えていない。どうもフラフラして、時折めまいがしていた。帰宅してパソコンを点けたが、頭が真っ白でブログを諦めた。

 バラがさらに大きく咲いていた。美しかった。もっとちゃんと世話をしていたら、もっと美しい花を咲かせただろうか。そう思うと残念に思えた。
 昨日植えた猫草も芽を出し始めていた。昨年IKEAで買って来たサンスベリアは半分腐って根元からしな垂れていた。そればかりか昨年葉挿しして増やしたサンスベリアのほとんどが枯れてしまった。妻の母親に持って行ったサンスベリアも枯れたらしい。なぜだろう。ちなみにこのブログの一番最初の記事に載っているアジアンタム、彼は死んでしまった。アパートを爆発させるほど増殖させたいと言っていたのに、僕の世話がまずかったために、彼はその犠牲者となってしまった。彼は僕を見るたびに「だぁあああ!!!」と叫んでいる風だった。しかし、僕はどうすることもできなかった。「なぜ君は日に日に枯れて行くのだ」と話しかけて、水をやることしかできなかった。見る見るうちに緑の葉が茶色っぽくなり、色を失っていった。最終的に一つも葉がなくなった。そのうちまた葉が色づくだろうと待っていたが、一向に葉を付けないので「彼はもうダメかもしれない」と言って、土ごと処分してしまった。僕の人生における煩いが一つ減ってくれた。
 息づく花々と枯れ行く緑を眺めながら、僕は植物に対する思い出に耽っていた。

 体を起こすとすぐに掃除機を掛けた。それにつられるように妻も掃除をし始めた。洗濯物を干し、浴室全体を掃除した。浴室の掃除が終わると銀イオンの煙でカビ予防を欠かさなかった。これから梅雨に向けて、徹底的にカビ防止に努めなければならない。

 冷蔵庫に食糧が全くなかった。僕の運転する不安定な車で買い出しに出かけた。驚くべきことにバックで駐車する際、一発で駐車することができた。いつもは数十~数百回ほど切り替えして駐車するので、僕の運転が下手なことが周りにバレて恥ずかしい思いをするのだった。しかし、今日は家の駐車場で一回だけ切り替えしを行っただけで、あとはすべて一発で駐車することができた。今日は運がよかった。車線変更をする際、目視で斜め後方を念入りに確認していたら、「見過ぎ」だと妻に注意された。数秒から数十秒ほど僕は前方不注意をしていたのだった。

 夜、猫のトイレを掃除した。気付いたことは、とてつもなく臭いということだった。それと猫のうんこに赤いものが混じっていることに気付いた。よく見ると赤い輪ゴムの切れ端だった。天ちゃん、彼女はよく輪ゴムを齧っていた。輪ゴムが好きらしい。今後はもっと注意して、輪ゴムはすぐに捨てなければならない。天ちゃんのうんこは凄まじくうんこ臭かった。

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薔薇と頭皮



 バラの花が咲いた。花が咲くというのは嬉しいものだ。一生懸命(本当は適当だったけど)水やりしてよかった。

 有田に行ったりして、長い時間外を歩いたせいで日焼けして、頭皮が剥けてきた。酷いことになっている・・・人に会いたくないのに、そんな日に限って夜勤なのだ。もう仕事に行きたくないなあ・・・

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『白くなる』

 朝起きてすぐやるべきことをメモ帳に書きだした。掃除、洗濯、買い物、ブログ、猫草。洗濯をして、掃除を済ませ、ブログは今書いている。猫草を絶やしてならないので、ポットに土を入れ、水に浸けておいた猫草の種を蒔いた。

 そう、種は買ってあるのだ。でも面倒臭くて植えることはせず、猫草が枯れる度に生え揃ったものを買っていた。種を蒔いてもすぐに食べられるレベルにまで育ってくれないから。気付くと猫草は枯れてしまっていて、毎度「今種を蒔いても遅い。間に合わない!」と言って買っていた。種を買って、植えて育てた方がお金はかからない。けれど、それが経済的かどうかと問われたら、ちょっと待てよと考え込んでしまう。種を植える労力と時間、育つまでの時間、ベランダの一角を占領した植物用の土のこと、それらを踏まえたら、毎回猫草を買った方がましに思えた。ベランダに居座っている土の袋は家賃を1銭たりとも払ってくれないのだ。見た目もよくない。この際、契約違反だと言って追い出した方がましかもしれない。

 夕方になってから、僕はやっと『猟人日記』に取り掛かった。誇り高き士族パンテレイ・エレメーイチ・チェルトプハーノフの章、すなわち『チェルトプハーノフとネドピュースキン』と『チェルトプハーノフの最後』を僕は楽しんで読んでいる(いつまで読んでいるんだよ)。チェルトプハーノフの元から女が去り、ネドピュースキンが死ぬと、彼はユダヤ人から購入したマレク・アデリという立派な馬を人生最後の楽しみ、生きがいと感じて、大切にしていた。
 ある夜、チェルトプハーノフは馬のいななきがいつもより遠くに聴こえる事に気づき、家を飛び出す。厩はもぬけの殻である。「盗まれた!」と彼は叫んで、下男を呼び出す。チェルトプハーノフは混乱し、しどろもどろに「大変だ!大変だ!」と言う。下男もパニックになり訳もわからず「大変だ!大変だ!」と言う。その後、チェルトプハーノフはマレク・アデリを探す旅に出る。「取り戻すまで帰らない」と言って。
 一年ほど経ち、チェルトプハーノフは村に戻ってくる。マレク・アデリに跨って。しかし、その馬への疑念が次第に増していき、ついには寺の坊主に「あの頃から1年余り経っているのに毛色が同じだ。かえって濃くなっているほどです。葦毛の馬は1年も経てば、もっと白くなっているはずじゃあないですか」という痛い指摘を受けてしまう。マレク・アデリが以前のマレク・アデリでないことを確信するのだ。「最後の切札が切られたのだ!(この比喩は彼の気に入った。)」という言葉で彼の絶望が表されている訳だが、この表現は僕の気に入った。この時の絶望と言ったら、それに至るまでの経緯などを考えると非常にやりきれないものなのだ。かなりシケている。
 チェルトプハーノフの濃い人物像が非常に面白く、僕は爆笑しながら、最後にはちょっと悲しくなりながら読んだ。しかし、なぜ文中、愛馬"マレク・アデリ"の名前が一度だけ"マリク・アデリ"(岩波文庫、下巻p.210)と記載されていたのだろう。これは『ジョジョの奇妙な冒険』第5部のチョコラータが途中からチョコラートになっているフシギに似ていた。しかし、マレク・アデリはたった一度だけマリク・アデリであって、また元に戻るのだ。誤植だろうか。意図された僕へのメッセージなのか。

 ああ、日暮れだ。そろそろ夕食を準備する。妻が仕事から帰ってくるのだ(僕は平日の真昼間から何をやっているのだろう)。夕食のメニューは皿うどんだ。このメニューはおいしいだけでなく、非常に経済的である。皿うどんは二人前で高くても108円程度で売っている。そこに肉と野菜をぶち込めば、とても安くて、おいしいメニューが出来上がる。
 僕は最近皿うどんしか作っていないような気がする。妻はもともとあまり料理をしなかった人だが、最近頑張って手料理を作っているのに対して、最初はめちゃくちゃ料理をしていた僕が最近になって手抜きメニューに頼り切っている。心に余裕がない。経済が停滞していることも僕の心の余裕のなさに拍車をかけているのだろう。しかし、僕は一体何を言っているのだろう。

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猫草を絶やすな

 駅までは徒歩10分ほど。仕事を終わらせてから、一番早く帰ることのできる快速電車が出発するまで18分間しかない。仕事をちょうどぴったりの時間に終わらせても、なぜかタイムカードの時間が5分近く遅れているため(僕の5分間を返せ!いっつも搾取しやがって!)、電車出発までの猶予は13分間といったところだ。最速でタイムカードを押し、最速で着替え、夜勤明けなのに駅まで可能な限り走った。走っては歩き、歩いては走った。疲労困憊の棒のような短足を酷使して。

 自宅最寄駅に到着すると別に急がなくてもいいのに大きく腕振りし、何者かに操られているかのようなブリキ人形のような不自然な動作で歩いた。前方の歩行者たちを次々に追い抜いて行く。一歩一歩踏み出す度に頭が揺れ、変な方向へと引っ張られるような感覚に苛まれた。一体僕を歩かせているのは何者だろうか。

 次第に下肢に乳酸が蓄積していくのが感じられた。いや、実際には乳酸などというものが溜まって行く感覚などは知らない。乳酸の蓄積が筋肉疲労の原因ということすら僕にはわからない。ただ疲労感が耐えがたく増してゆくのだ。脚力はだんだん弱くなる。

 なぜ急いだのだ。それは一刻も早く、帰って引きこもりたかったからだ。シャワーを浴び、洗濯物を干し、ご飯を食べた。これでゆっくりできる。そう思った矢先、猫が、枯れた猫草の前にずっと佇んでいた。微動だにせず。
 わかったよ、わかった、買ってきたらいいんだろ?僕は家を出た。

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食器を変えて、気分も変える



 マグカップを新しくした。僕のは左側。店でずっとこのマグカップを見ていたら、可愛い店員さんに話しかけられた。僕は購入を決めた。



 食器を変えると、食事も美味しくなったような気がする。

 また有田陶器市に行きたい。波佐見にも行ってみたくなった。その前に家具をちゃんとしたものにしないと食器と釣り合わない。少しずつ揃えていけたらいいなと思っている。

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有田陶器市2015



 有田陶器市に行って来た。朝5時に起きて電車に乗り、8時30分頃有田駅に到着した。眠すぎて、妻も僕も電車で寝てしまい、どこかの駅で停車している時に目覚めた。「ここはどこだ?」とホームの看板を見ると有田と書かれていたため、慌てて下車した。寝過ごすところだった。

 改札から出ようとすると自動改札ではなかった。ICカードが使えない。駅員にICカードの退場処理のための証明書を発行してもらい、現金で運賃を支払った。あの駅員は丸一日ICカードを使ってやって来た乗客たちの処理にかかりっきりになったのではないだろうか?明日は有田陶器市の最終日だけれど、もし電車で行こうと思っている人はICカードでなく、切符で入場することをオススメする。

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 有田駅前。まだ人の姿は少ないが、8時頃から陶器市は始まっている。早めに食事をとっておこうということで8時半からラーメンとチャハンを食べた。朝イチから凄まじい食事をとってしまった。道路は9時半頃から歩行者天国となる。付近に駐車場があるが、すぐに満車になるようだ。

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 有田焼と言いながら、波佐見焼なんすけど・・・。陶器市には有田焼以外にも各地から陶器のお店が出店しているようだった。

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 あちこちに陶器が並べられている。どれを買ってよいのか迷う。

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 路上に陶器が並べられている。価格帯も様々。やっしーものだと100円、高いものだと数千万円のものまで幅広く取り揃えられている。100円なら100円ショップと変わらない気がするような・・・。せっかく来たのだから、自分の気に入ったカッコいいものを選ぶべきだ(そういうものは大体高額になってくると思う)。

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 店舗数が多いし、陶器の数は無限にあるので、あまり観過ぎると訳がわからなくなる。

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 猫の置き物。後のカバも気になる。カメラでパシャパシャ撮影していたら、路上に出店していたお店の店主に「やめてくれ」と怒られた。よく見るとカメラ撮影禁止のマークがあった。カメラマンのモラルが問われる。

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 イベントとして、会場の各8か所にキーワードが用意されており、そのうちの5つを見つけて応募すると抽選で景品がもらえるというものがあった。僕は勘違いして、8か所すべてのキーワードが必要だと思い込み、全部の場所を歩いて巡ったのだった。という訳で非常に足が痛い。朝は雨が降っていたが、昼頃から晴れて、日差しが強かった。僕のスキンヘッドは真っ赤に日焼けしてしまって、なんだか頭痛もする。
 帰りの電車は指定席をとろうと思ったが、さすがにGWということもあり満席で買えなかった。自由席に乗車し、1時間半ほど立ちっぱなしで帰って来た。うんざりだ。とにかく疲れてしまったので、言葉少なにして僕は眠ることにする。

 最後に非常に重要なことを言っておく。トイレは行列ができるため、催してから行くのでなく、全く行きたくないうちから並び始めた方がいいかもしれない。ちょうど順番が回って来た時に、破裂しそうな切迫した状態になっていることだろう。そして、会場に設置された簡易式のトイレは当然のことながらキレイとは言い難い。入ってはないが、キレイではない。あの見た目と利用者の量からして、間違いなくキレイではない。一番キレイなのはおそらく九州陶磁文化館の陶器が施されたトイレだろう。



 勝手に写真を撮ったけどよかったのかな?しかし、これほど美しいものを撮影せずにいられるだろうか。



 実に素晴らしい。

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冷めたコーヒー

 起床した瞬間から頭が痛かった。食事も摂らずに掃除を始めた。妻は友人とサッカー観戦に出かけて行った。「今日はゆっくり過ごしていいかな」と妻に了承を得て、本当にゆっくり過ごすことに決めた。体調の悪い日は無理をしない。朝食はコーヒーとたった1枚のクッキーだけだ。

 冬服をクローゼットに押し込んだ。この冬着ることのなかった服をゴミ袋に詰め込んだ。

 昼近くになっていたので昼食を摂ることにした。昼食はカップそばとご飯と納豆だ。何かを作る気力はないし、作りたくても冷蔵庫の中に食材はほとんど残っていなかった。賞味期限切れの卵が三つあったので、一つをカップ蕎麦の中へ落とし込んだ。月見そばの出来上がりだ。

 おやつの時間におやつを食べずにスクワットをした。無理はよくない。意味があるかわからないが100回ほど浅いスクワットをした。

 あっという間に夕方になった。カップ焼きそばとご飯と、賞味期限切れの卵二つで作った目玉焼きとウインナーが夕食のメニューだ。シケている。

 夕食後、ゴミだしのついでにドラッグストアまで歩いた。洗濯槽洗剤を購入した。しばらく洗濯槽の洗浄をしていない。今日も明日も雨なので、洗濯機の洗浄にはいい日だ。

 昨年8月を最後に全く書かれなくなった日記を久しぶりに付けた。精神的に良い状態が続いていたので日記など付ける必要なんてなかったのだ。しかし今日に限っては日記として残しておきたい心の動きを感じた。今日に限っては。書き終わると傍らに置かれていたインスタントコーヒーがすっかり冷め切っていた。入れておいたことを忘れていたのだ。それを一息で飲み干した。果たしてコーヒーというものは一息で味わう暇もなく飲み干す飲み物なのだろうか。

 今日はやる気がない。

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追いかけっこ

 妻はまだ帰っていなかった。仕方ないので、さっそく洗濯を始めた。毛布、敷きパット、コタツ布団、ダサい制服、しょっぱい服等、可能な限り洗濯をして干した。明日以降は雨が降ることになっているし、出かける予定もあるから、とにかく今日詰め込みすぎるほど詰め込んで洗濯をしなければならなかった。コタツ布団などは洗濯機に収まるか収まらないかの大きさだったので、徹底的に押し込んで強引にフタを閉めた。洗濯機が悲鳴を上げていた。
 猫の毛を梳いて、大きな毛玉を作り、ゴミ袋に捨てた。毛玉の一員になれなかった大量の抜け毛が僕の顔や着ている服にまとわりついた。狂ったようにコロコロを掛けてとった。床に落ちた猫の毛が開け放たれた窓から入ってくる風に揺れていたので、僕は我慢がならなくなって、また狂ったようにクイックルワイパーをかけて回った。そのクイックルワイパーの動きに猫が興奮して飛びかかって来た。猫と僕の追いかけっこが始まるが、途中で僕は床に倒れた。やっぱり寝ていないとすぐに疲れてしまう。

 妻が予定より遅れて帰宅した。妻は書類を用意して、休む間もなく出かけた。僕も同行した。18時までには目的地に到着しなければならなかった。17時20分頃だった。GWということで交通量が多く、混んでいた。なんとか受付終了10分前に到着することができた。書類を提出した後、僕は義父の様子を見に行った。
 義父とは実に1年以上会っていなかった。これで会うのは2度目だ。「お久しぶりです」と僕はありきたりな挨拶をした。
 うちの家庭事情というのがちょっと込み入っていて、気軽に義父と会える環境にはないのだ。僕たち夫婦は約1年ほど前に入籍したのだが、その際妻の母親の了承は得られていなかった。未だに僕は妻の母親に会ったことがない。写真も見たことがない、顔を見たことがないから、その人がどういう人なのかもわからない。義父だけには外でお会いする機会を頂き、挨拶することができた。義父だけが結婚を認めてくれたのだった。そういう訳で会おうと思えば義父にはいつでも会ってよい訳なのだが、妻の母親には永年的に反対されているため、僕は妻の実家の敷居を跨ぐことが一生できない。この度、義父が入院することになったので会うことができたのだ。こんな形で再会するとは思わなかった。いや、むしろこういう形以外には再会することはできなかったろう。
 「お加減はどうですか?」とどもり気味に聞くと「いいとは言えないね」と義父は言うのだ。入院しているのだから当然のことか。僕は不眠の凝り固まった顔面の筋肉を引きつらせながら苦笑いした。

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眠れぬ夜

 あまり眠れなかった。そんな時に限って夜勤だ。僕はもうダメかもしれない。

 明日は妻と家の掃除をするのが今の僕の楽しみだ。楽しみのために頑張るしかない。しかし夜勤明けて更に家の掃除をするとは・・・。最近ちょっと働き過ぎている気がする。

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たびびと

Author:たびびと
こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
時間がいっぱいあるので、ブログ始めてみました!

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