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仕事帰りに

 コンビニの店員は商品の入った袋を手渡してくれた。袋を受け取ると出口へと向かった。ふと自分が会計を済ませたのかどうか思い出せなくなった。ゆっくりとした足取りで出口へと向かいながら、財布の中身を確認した。財布の中身に変化はないように思えたし、やっぱり支払いをして、釣り銭を受け取った記憶がない。振り返ると店員が僕に向かって何かを言っているようだった。イヤホンから大音量でミッシェル・ガン・エレファントの曲が流れていた。音量を下げると「お客さん、お会計!」と店員が叫んでいた。堂々と万引きをするところだった。したところで店を出た瞬間に捕まっていただろうが。
 もう眠くて、頭がぼんやりして、自分が何をしていたのか判然としない。店員の言う値段がよくわからないので、千円札を渡してお釣りを受け取った。お金を払わずに買ったばかりのファミチキにかぶりつくところだった。お金を払って商品を置いて来たり、商品を受け取って会計を忘れていたりと僕は一体何をしているのだろう。

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噴出するマグマの映像

 ストレスが凄まじい。少々頭が混乱している。仕事の事を忘れたいが、夢の中まで仕事漬けだった。いや、仕事漬けというよりもサボっていた。夜勤の最中に眠り込んでしまって、気付くと夜が明けており、早番だけでなく日勤者までもが出勤しており、しかも夜勤である僕を起こさないまま、仕事を片付けているという夢だった。職員たちは覚醒した僕に全く構わず、無言で作業をしているのだった。職員だけでなく、職場の空気までもが無表情だった。心の奥底から凍りつくような感覚だった。恐ろしい夢だった。

 モヤモヤが拡大する一方だ。夜勤明けに暴飲暴食を繰り返している。体に悪いストレス解消法だ。おかげで結構太ってしまった。ダメだとわかっていてもやめられなくなっている。パスタとオニギリだけでは飽き足らず、コンビニで買ってきた日清のトムヤムクンヌードルにお湯を注いだ。今日仕事の関係の試験を受けてきた妻が「落ちた」と自己採点を終えて嘆いている傍ら、僕は食欲を爆発させていた。食べる以外に何も思いつかなかった。トムヤムクンヌードルを一口食べ、味わい、二口目を食べ、さらに味わった。残りはシンクの三角コーナーにぶちまけてやった。妻は試験の自己採点を終えると、友人とスポーツバーに行くと言って立ち上がった。「僕は?」と聞くと「知らん」と言って出て行ってしまった。胃袋に不満足さを覚えながらも疲れていた。とにかく寝る事が一番だ。

 猫の天ちゃんもベッドに来て、僕の足の上に乗って眠りだした。天ちゃんは僕が夜勤で不在であることに加え、妻が試験勉強で忙しくて全く構ってやらなかったため、酷くイラついてしまい、情緒不安定になってしまったらしい。普段ベランダには出ないのだが、窓を開けると飛び出したという。隣家に飛び込む前に捕まえる事ができたが危なかった。夜勤から帰ってくると、落ち着きがなく、ずっと走り回っていた。猫も悩みに満ちている。臆病な天ちゃん。インターホンのチャイムが鳴ると「ボーボー」と怒って、コタツの中に逃げ込む天ちゃん。知らない人が家の中(テリトリー)に侵入してくる合図だと覚え込んでいる賢い猫。領土を守れと僕に言う。楽天カードのCMで「ピンポーン」とインターホンが鳴るのを聴くだけで「ボーボー」と怒る天ちゃん。哀れな楽天カードマン!

 鬼束ちひろの『月光』をループさせている。冷たい瞳で辺りを見回すと、ほんの少しだけ気持ちが楽になるような気がした。夕暮れが切ない。また終わるんだ。そしてまたシケた明日がやってくる。こんなはずじゃない。シケた明日を撃ち落としてやる。ぶった斬ってやる。
 僕にできることは未来への投資だ。小学生、中学生、高校生、大学生の僕は未来を軽視した。小学生の僕の脳内には真っ暗な大地からマグマの噴出する映像が繰り返し流れていた。中学生の僕は虚無的な無限ループのマグマの映像だけでなく、悩ましい呼吸に苦しみ、音楽集会の最中に派手に叫びながら失神し、将来を悲観した。高校ではクラスに友達がほとんどいなかった。この辺りから僕は挙動不審になった。大学生の時、マグマと過換気と鬱ゲーとプログラミング及び演習に悩まされた。社会人になるとマグマの映像と満員電車でのおかしな呼吸によって失神させられ、自分が嫌になった。自分はおそらく近いうちに死ぬんだと思って、将来の事をあまり真剣に考えなかった。
 今更だけど、近いうちに死ぬにしても、一応は未来に賭けてみようと思い直した。近いうちに心臓の不整脈とか脳の異常によって死ぬかもしれないが、もし生きていたとしたら、その時あって嬉しいものや、身に付けていたい能力のこととかを考えるようにした。この世界のつまらない物事が僕を阻害しようとするのであれば、僕は失神を怖れずに抗うまでだ。僕は僕として、あるべき姿に生まれ変わるのだ。「こんなもののために生まれたんじゃない」僕は冷たい目で障害物を睨みつけ、時には口をすぼめ、時には顔全体から頭頂部、耳までを真っ赤にして怒り、時にはスマホを投げつけて不貞寝し、たまにはノートにお絵かきをして、この生き難い世界に抵抗するのだ。

 それにしても疲れた。頭が痛い。明日は研修があり、試験もある。これから少しだけ勉強をするんだ。

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ホワイトデー

 もやもやする。仕事がうまくいかなかったせいだ。自分のせいなのだけれど、自分だけのせいだと納得できない部分がある。いや、僕がちゃんとした対応をしていたら、何の問題もなかった。自分を苦しめるのは自分、自分を楽にするのも自分なのだ。もちろん、何らかの悪意を持って貶めようとする人がいた場合は別であるが。とにかく、自分が悪いのだ。そのことで、今日はずっと落ち込んでいる。でも、もし次に同じような機会に恵まれたとしたら(恵まれるという表現は間違いではないだろう)、決して同じ失敗はしないだろう。もし同じことを繰り返してしまったら、僕はもうダメかもしれない。

 ところで、明日はホワイトデーである。土日が休日の会社では、今日か来週月曜日にバレンタインデーのお返しを贈るはずだ。僕は今日渡せる人にはもう渡してしまった。手渡す際、恥ずかしさとか、ストレスとかで、始終挙動不審になり、おかしな人だと思われたかもしれない。嬉しい、と言ってもらった時は僕も嬉しかった。しかし、額から頭頂部、耳までを真っ赤にして、ニヤニヤし、声を上ずらせていたのはさすがにマズかったと猛省している。

 仕事を終え、電車で最寄駅まで帰って来た。妻へのプレゼントに花束でも渡そうと思っていたので、近所の花屋を検索して歩き回った。歩いて数分のところに花屋が見つかったので、iPhoneのマップで案内してもらいながら歩いて行くと、そこは花屋ではなく、フラワーアレンジメント教室で、しかも閉まっていた。次の店を探す。しかし、営業しているかどうかなんてわからない。もしかすると徒労に終わってしまうかもしれないと思う。
 運良く、花屋は営業していた。僕は勇んで飛び込んだ。花屋に入るという事は相当の勇気を要する行為である。まず中に入っても、何をしていいのかわからない。その時点で、酷く挙動不審になる。店内をじろじろ見回す以外に何も思いつかない。頭は真っ白だ。一体何をしに来たのだろう、と思った時に店員に話しかけられる。この人はいきなり入店してきて、何をしようとしているのかと思われたかもしれない。それくらい、挙動がおかしくて、変に見えたはずだ。客観的に見て、自分でも相当おかしなことになっていたと思う。

 贈り物で、花束を、予算はこれこれで、色は何々系で、あとはお任せします、と伝える。他に何ができただろう?花屋のおばさんは時間を掛けて花束を作る。予算ぴったしで作ってくれる。料金の計算がかなり適当に見えたが、花束の出来は悪くない。

 妻に花束を贈る。「ありがとう。花ば活けとって」と言われる。僕の家には花瓶がない。

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昭和のニオイ?

 その喫茶店の外観は古風で昭和を感じさせた。通りかかる度、駐車場が埋まっているのが気になった。人気があるかもしれない。今日はたまたま近くで用事があったため立ち寄ることにした。念願の昭和の匂いがする喫茶店だ。
 入店し、適当なテーブルに着く。カウンターには団塊の世代の男たちが3人座って話し込んでいた。他にも客はいたが、どの客も60代の客ばかりだ。従業員がカウンターの向こうに立って、フロアをじっくりと観察している。それがなんだか気になってくる。日替わりランチを注文して待つ。
 店内は外観に見られた通り、昭和の雰囲気を感じさせるものだった。居心地はいい。椅子の座り心地がよく、テーブルと椅子がなかなかいい距離で配置されている。長時間座っていても、疲れないだろう。ただ、入店して数秒で苦しくなった。店内は禁煙でも、分煙でもない。全席喫煙OKなのだ。この辺も昭和臭い。というかタバコ臭い。僕の肺は悲鳴を上げた。深く呼吸をすることが叶わない。どんどん苦しくなる。

 ランチが運ばれてくる。味付けが濃い。うまいかまずいかと聞かれたら、「まずいと言えないが、うまくはない。いや、まずいんだろうなあ」とはっきりとしない態度で答えるだろう。食事をしているとカウンターの従業員の視線がとても気になってくる。彼女たちは客の食事の進行具合を観察して、コーヒーを提供する頃合いを見計らっているのだ。従業員の視線の圧迫感と、タバコの煙が僕の心臓に不整脈を起こさせようとする。段々息苦しさが増していく。顔が赤くなるのを感じる。
 もう一度言うが、食事の味はまずいとは言えないが、味付けが濃くて、うまくはない。きっと、あまりおいしい料理ではないのだろう。僕はいつだって曖昧だ。
 料理をなんとか平らげた瞬間に従業員が「待ってました!」とばかりにコーヒーを運んでくる。ずっと観察していなければ、あのタイミングで運んでくることは不可能と思われるほどの手際の良さだ。コーヒーはなかなかうまい、と妻が言っていた。僕には味なんてさっぱりわからない。たぶん、うまいんだろう。

 団塊の世代たちはタバコをスパスパとやりながら、何かの経営論に花を咲かせている。後から来た客が「お、来てるね」と団塊3人組に挨拶をした。皆、常連客のようだった。今時にない喫煙室のような濃度の空気をした店内。現代から締め出されようとしている愛煙家たちには天国のような店なのかもしれない。実際、タバコのニオイをなくせば僕にとっても居心地は良い店なのだ。できることならゆっくりと読書をしたいとも思う。

 結局、あの店の何がよかったのだろう。空気は悪いし、飯もあまりうまくない。従業員の視線は気になる。内装はよかったと思うが。いや、これでなかなかいい店なのかもしれない。

 喫茶店を出て、公共の学習室へと向かった。妻が仕事の関係で勉強をしたいと言ったので。僕も今日だけ真面目に介護福祉士の試験勉強をすることにした。あまり勉強好きではないが、介護福祉士の過去問題集を買ってしまったので、一度くらいはやってみようと思ったのだ。学習室で昨年の試験問題を解いた。わからない問題ばかりだ。介護を始めて2年が過ぎたけれど、これほどわかってないのはマズイなあ、と思った。合格する気がしない。午前は110分、午後は100分の試験時間が設けれらているが、実際にはその半分の時間で終わった。試験の時は緊張で頭が真っ白になり、胃が痛み、下痢をしてしまい、もっと時間がかかるはずだ。試験補正抜きに考えると妥当な時間なのだろう。解き終えて採点をする。6割ほど正解していた。最初にしてみたら、悪くはないと思うが、合格は難しいだろう。
 午後問題を解いている時だった。向い側の学習スペースに座ったおっさんの呼吸音が酷く気になって、集中できなくなってしまった。「あぁ・・・あぁ・・・」と声にはなっていないが、ダースベイダーのような音を出している。体調が悪いせいなのか、それが通常なのかは知らないが、こちらとしては気になってしまう。おっさんは来た時にこちらをじろじろと覗き込んでいたらしい。彼は学習スペースに来てまで、腕組みをして一体何をしていたのだろう。

 途中で集中力を欠いたが、一応昨年の試験問題を終えることができた。かなり間違えていたので、あとは解説を読んだりして、次は間違えないようにしたい。できることなら満点をとって合格したいところだ。というよりも満点をとれるほどの知識を詰め込んでおかないと、僕は合格できないだろう。試験当日に緊張して頭は真っ白になる上に、下痢を忍耐しなければならないから頭は余計に働かないはずなのだ。試験はあまり好きじゃないんだよなあ・・・

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あれから

 本日は東日本で大きな震災があった日だ。テレビがないので電気屋さんの売り場で、その絶望的な津波の映像を観ていた。実はその前日まで僕はディズニーリゾートに行っていた。3月10日の朝、ホテルでチェックアウトの仕度をしていると地震があった。11日のことがあってからは、「あれは前兆だったのかもなあ」と空恐ろしく思えた。帰宅が一日遅れていたら、間違いなく帰宅難民になっていただろう。ディズニーランド内でサングラスをかけた背の高い外国人の男性を見て「ターミネーターだ」とはしゃぎ、そのターミネーターを見かける度に「またターミネーターがいた!」と喜んでいたのだが(何を見て喜んでいるんだよ)、震動がやって来、惑う人々のうちの一人となっていた可能性を考えると気持ちも一変する。もしかするとターミネーターも帰宅難民になって困ってしまったかもしれない。
 あの時のことを思うと、僕は運がよかったのかもしれないと思うのだった。普段あまり運のいい方ではないのだが・・・

 犠牲者の御霊に哀悼の意を表すると共に、福島原発の原子炉が一刻も早く廃炉になる事を願っている。

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田舎の中華料理店

 店に入ると、その中華店の店主は怒っていた。なんで怒っているのかはわからなかった。店内は特別混み合ってはいなかった。埋まっているテーブルは2つほどである。いらっしゃいませ、と若い女性店員が言った。席には案内してくれる様子はない。どこかへ行ってしまった。仕方なしに空いているテーブルに着く。僕らの後に5人ほど客が入って来た。店員は「いらっしゃいませ」と迎えるが、案内しようとはしない。またどこかに行ってしまった。どこへ行ったのだろう。5人組みは座敷の方へと上がって行った。
 店内は広くない。テーブル席が3つ、座敷の方に5つほどテーブルが置いてあるようだった。内装は落ち着いていて、悪くない。居心地はいい。もしかすると隠れた名店なのかもしれない。田舎の小さな中華料理店だ。
 キッチンの方から店主の怒っている声が頻繁に聴こえる。じわじわと客が増え、注文が重なった。注文取りの若い女性店員がオーダーを伝えると、店主は怒って「もう肉がないよ」とか「ソースがないよ」と言った。別室にいた奥さんを呼んでいたようだが、なかなか来ないようで、店主はさらに腹を立てていた。
 注文から何分経ったかわからないが、ちょっとした時間待って、ようやく注文した定食が運ばれてきた。運んできたのは店主の奥さんだ。定食のお盆をテーブルの上に乗せる、「はい」と一言言っただけで、お盆を真っ直ぐおかず、途中で引きあげて行った。

 電話が鳴った。5回ほど鳴った後に、若い店員が電話に出る。「もしもし○○です。・・・はい・・・はい・・・(ガチャ)」受話器を置くと、店員が厨房の店主に向かって、「お客さんが5人来るそうですけど、席は空いていますか?」と言う。店主が「そんなのお前が見ればわかるだろ!」と店主がまた怒る。ごもっともだ、店内の席が空いているかどうかは若い従業員しか把握していないのだから。店主はキッチンから一歩も出ない。なぜか平日の今日にやたらと注文が入っていることにてんてこ舞いになっているだけだ。そして、やはり怒っている。「はい、空いているから、はい、と言いました」と従業員は付け加えた。そういう問い合わせの電話だとは全く汲み取れない応答の仕方だった。対応からして、間違い電話だったのだろうと見当を付けていたところだった。店主は客に来てほしくないといった態度で怒っていた。

 若い女性店員が年配のご夫婦からオーダーをとる。オーダーを店主に伝えると「もうないよ!」と怒っている。若い女性店員が年配の客に「もうないです」と伝えに行く。別の客が来店する。客を迎えた時点で「もうない」事を一切伝えない。もうないから、メニューを決め直さないといけなくなる。もしかすると店主の調理を追いつかせるための策なのかもしれない。待たせるのでなく、時間を掛けて注文してもらうことで、待たされている感覚を薄れさせているのかもしれない。だが、オーダーを伝える度に店主は「もうないよ」と怒っていた。客が呼んだ時、「もうないと言えよ!」と女性店員に向かって怒鳴った。店主の声はすべて筒抜けだ。

 接客はどうかと思うし、料理もうまくないが、これでなかなか面白い店なのだ。

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たびびと

Author:たびびと
こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
時間がいっぱいあるので、ブログ始めてみました!

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