大晦日2014

 除夜の鐘が聴こえる。

 えーと、年末最後の、そして新年の大仕事として太宰府天満宮に二年参りに行く予定を立てていたのだが、様々な不都合が重なり断念することにした。非常に残念であるが、初詣は日を改めることにした。

 今年やり残したことはできる限り終わらせておこうと思ったので、何かやろうと思い、辺りを見回してみた。読みかけの小説があったので、なんとか読もうと試みた。350ページ程度の本で、まだ半分くらいしか読んでいなかった。読むのが遅いから無理だと思ったが、挑戦してみることにした。夜勤中にこっそり読んで(実際には堂々と読んでいた)、今日も二年参りの計画をキャンセルしたので、夕方はほとんど読書をしていた。その甲斐あって、読み終えることができた。

 夜勤を終えて帰宅すると妻がビーフシチューを作ってくれていた。だが、妻は体調を崩しており(二年参りをキャンセルした理由の一つ)、何も食べたくないということで、約9皿分のビーフシチューのデカマルが残っていた。昼から夜までビーフシチュー漬けになった。と言いながらも、ちゃっかり年越しそば(カップ麺)も食べている。おかげで胃の調子が少しおかしいが、ビーフシチューを平らげることができた。
 これで気分よく(あまりよくないが)新年を迎えることができそうだ。

 何はともあれ、2014年(平成26年)が終わる。今年は結婚、引っ越し、家に猫がやって来る、宗教に勧誘される等色々と忙しかった。周囲の方々に支えられて、無事とは言えないまでも、なんとか年を越すことができる。

 ありがとうございましたーーー!!!

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今年も糸島でカキを食べる

 なぜか年末になるとカキを食べなければ気が済まないので(たまたまだけど、一応そういうことにしておく)、今年もカキ小屋にやって来た。前年に続き、船越漁港の牡蠣小屋である。本当は唐泊の恵比寿牡蠣に行く予定だったが、閉まっていた。確か昨年も同じように唐泊に行ったのだが閉まっていたので、船越にまで足を伸ばしたのだった。教訓は活かされていなかった。

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 船越の牡蠣小屋は8軒並んでおり、どこに入るか迷うところだ。昨年は『服部屋』に入った。今年はすべての牡蠣小屋の前を通ってみて、『みわちゃん』に入ることにした。

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 小屋に入ると店員さんが話しかけてくれた。昨年は店に入っても誰も何も言ってくれなかったので、こちらから店員に話しかけたことを覚えている。『みわちゃん』の店員さんは、好きな席に座ってください、と言った。席に座るとカキ盛りが有無を言わさずに運ばれてきた。カキ盛り一つ1000円である。それと場代として300円かかるらしい。だから、小屋に入り、席に座った瞬間に1300円が必要になるという訳だ。この時点で予算1000円ほどしか持たずに入るとシケることになる。

 カキ盛りの相場は1000円のようだ。カキ飯は200円か250円。大体似通った値段だから、違うと言えばメニューと味の違いだろう。小屋によってメニューが違ってくるから、食べたいものがあるお店に入るのがいい。次行くとしたら『かきハウスもっくん』に入ってみたいと思っている。ガーリックチャーハンがおいしそうだからだ。そこで僕は「えーと、チャハン」と緊張のあまり片言で注文するだろう。今回は食べなかったけれど、うちわエビも気になった。これも次回行ったならば食べてみたい。

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 食べることに夢中で、写真を撮ることを怠っていた。カキフライ、カキ飯、カキの味噌汁、おにぎりを食べたのだが、ほとんど撮影せずに食べていた。カキ小屋内の風景も撮っていない。何をやっていたのだろう。でも、これでいいと思う。よく味わって食べる、これが重要だ。

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 アジの刺身。僕はアジが大好きなのだ。運ばれてきた時、まだアジは動いていた。新鮮だ。アジの瞳が悲しそうだった。訳がわからないだろう。目の前で自分の肉が食べられているのだ。切ない。

 みわちゃんはおにぎり、飲み物の持ち込みが可能だと書いてあった。僕は自動販売機でコーラを買って持ち込んだ。僕はコーラも好きなのだ。

 牡蠣小屋のまとめとして、最後にトイレのことについて触れたいと思う。『みわちゃん』に関しては、外に簡易トイレが二つ置いてあった。こうした簡易トイレが苦手な人はどこか余所で、あるいは自宅でトイレを済ませておいた方がいいだろう。だから、例えば横浜に自宅がある人は自宅でトイレに行った後すぐに飛行機に飛び乗って、福岡空港まで来る。そこからレンタカーで約40分ほど車を走らせ、牡蠣小屋で食事をする。会計を済ませた後、トイレに行きたくてもなんとか忍耐して福岡空港まで戻り、飛行機で羽田空港に向かう。横浜の自宅についてからやっとその苦痛から解放されるのだ。約12時間(電車や飛行機の待ち時間等は正確に考慮しない)ほどトイレを忍耐できる人は横浜の自宅で用を足すのでも問題なかろう。どの簡易トイレにも言えることだが、お世辞にも清潔とは言い難い。綺麗なトイレがそこにあると思って出かけない方がいい。
 『みわちゃん』に関しては外に簡易トイレが置いてあったが、昨年行った『服部屋』の裏にある簡易トイレはなぜか倒れていた。風で倒れてしまったのか、新たに別の場所にトイレが新設されたのでわざと倒してあったのかは不明である。もしかすると店内に清潔なトイレができたのかもしれない。

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 わかりにくいけれど、昨年撮った牡蠣小屋の並んだ写真が残っていた。ブログで紹介できるようなわかりやすい写真が一枚もないのは問題だ、といつも思うのだが、僕は一向に反省していないようだ。

 今年も残すところあと3日(もう今日も終わってしまうから2日)。明日は夜勤だから、もうほとんど仕事で今年が終わってしまう。だが、夜勤明けの大晦日に年末最後の大仕事、二年参りが控えている。これはかなりハードな予定を立てている。車も公共交通機関も使わずに死にもの狂いで新年の幸運を祈ってお参りするのだ。おみくじを引くことになると思うけれど、もし昨年のように大吉など引こうものなら、その場で人生の運を使い果たし、その人混みと冷え込みと、大吉の歓喜とで、絶叫してその場で死んでしまうかもしれない。
 とにかく、今年やり残したことをできる限り終わらせて、新年を迎えなければならないのだ。

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寝返りをすると爆発する

 猫がベッドで寝るようになった。最近までは別々に寝ていた。夜になると猫の部屋の扉が開かないようにしていたのだ。その扉を開けっ放しにすると、猫はより暖かな場所を求めて、ベッドにやって来た。そして僕の足元か、どう表現していいのかわからないが率直な言い方をすると股間の辺りの掛布団の上に寝るのだ。暖かいのだろう。足元や股間の辺りに重みを感じるから、眠っていても意識の片隅でどこか遠慮して寝返りが打てない。意識の片隅にいつも足元の猫のことがあるということは熟睡できていないし、寝返りが打てない訳だから疲れる。
 考えてみたら猫に遠慮することはないと思うのだ。猫は運動神経が優れているし、タフで少々の寝返りごときではへこたれないはずだ。でも、なぜか寝返りが打てない。僕は恐れているのだ。寝返りによって起こる二つの事象を恐れている。まず一つは寝返りによって猫が自分の足元から離れてしまうこと。猫は可愛いから自分の近くにいてほしい、その願望のために少々苦しくても寝返りは打たないのだというマゾヒスティックな忍耐を発揮しているのだ。もう一つは猫の目覚めを恐れている。目覚めた猫が部屋に降り立ち、暴れまわるともう寝るどころではなくなってくる。ドドスコ、ドドスコ、ドドスコォォオオオオ!!!と部屋中、あるいはアパート全域にまで響き渡る立ち回りを見せるのだ。それくらいなら寝返りを我慢して、しばらく横になっていた方がいい。近所迷惑にもなることだし。

 寝返りは必要なことだ。僕は介護の仕事をしているから、寝返りをしないとどうなるかをよく心得ているつもりだ。しかし、寝返りによって、世界が変転してしまうことだってあるのだ。どちらにしろ睡眠不足だが、より酷い睡眠不足の世界はいつも揺れている。僕はそれに耐えられない。

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病んでいるのかもしれない

 言い訳から入るけれど、一応夜勤の日以外は毎日ブログの記事を書こうと思っているんすよ。でも、なぜか書けない。数時間PCに向かって、途中まで書いたにも拘わらず、結局更新に至らないことが多々ある。そんな時「クソ!数時間損した!」と落ち込みながら、床に就いている。ブログに関わりさえしなければ睡眠時間も長く摂れたのにとか、書き始めたなら更新するまでやればよかったとか、その時々によって色々な落ち込み方をする。気付くと今月も後半になっているのに、8日分しか更新できていない始末だ。驚くべきことに昨年12月は37回も更新している。頭が劣化してしまったのだろうか。精神的にも肉体的にも結構余裕がなくなっているのかもしれない。単なるウェブ上の日記なのに、それが僕を追いこんでいる。いや、実際には生活上の様々な物事が僕を追いこんでいるのだ。

 明日は仕事で5時前に起きなければならない。これも僕を追いこんでいる。もう寝なければならないからだ。面白くないなあ、と思っている。年末くらい、いや、毎日ゆっくりと過ごしたいと思うのだ。だから将来は在宅で仕事をすることを目標にしている。究極的にはスマホ一台で仕事ができるまで作業を簡略化して、一日5時間程働くだけで最低限の生活ができるレベルにまでなりたいと夢見ているのだ。夢だけは見たっていいじゃあないか。

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冷たいラーメン屋

 どう考えたって洗濯物は乾かなかったので、コインランドリーに行った。ちょうど昼時だったので、洗濯物を乾かしている間に、昼食を摂ろうということになった。手軽で、素早く済ませることができるラーメンかうどんを食べることにした。コインランドリーの少し先にラーメン屋があった。コインランドリーで乾かしている間に行こうと思わなければ、絶対に立ち寄らない類の店だ。
 コインランドリーの乾燥機が30分回転している間に食べて、帰って来なければならないのだ。迷っている暇はない。一番初めに見つけた営業中のラーメン屋だった。

 入店する。席を案内される。着席する。メニューを見て、注文をする。尻が冷たい。おかしなほど冷たい。首を傾げる。僕は首を傾げる。ラーメンが運ばれる。高倉健のラーメンの食い方を真似る心の余裕がないほど、尻が冷たい。首を傾げながら、ラーメンを食べる。味は悪くない。だからといって、よくもない。尻が冷たいことに目を瞑っても、それほどうまくはなく、マズイという訳でもない。いつもであれば替え玉を注文するところだが、尻も冷たいし、うまくもなく不味くもないので、注文はしない。15分ほどの食事を終え、店を出る。

 尻は濡れていた。うんこを漏らしてしまったのだろうか、と自分を疑った。自分の意思に反して、ウンコが出てしまったのだろうか。だが、まったく漏れた感じはしなかった。濡れたズボンを触り、こっそりとニオイを嗅いでみた。うんこのニオイはしなかった。おそらく、店で出されていたお茶だったのだろう。前の客が嫌がらせに、椅子にお茶をこぼして行ったのだろうか。やはり、その店は何かやむを得ない理由がない限り、絶対に立ち寄らない類の店であった。

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損をしないことが鉄則

 実家では雪が積もったという。20cmほどだが、父親が雪かきにうんざりして雪かき機を買ったそうだ。僕もこの寒さにはうんざりしている。毎日ダウンジャケットにニット帽、ネックウォーマーを首に巻き、団子のような恰好で外に出ている。なりふり構っていられないのだ。全身黒ずくめで、一見怪しい。よく見るともっと怪しいかもしれない。とにかく、見た目は「ダメ」だと思う。見た目はダメだけど、寒くて体調を崩してしまったら損である。これでいい、すべてよし、ということにしておく。
 寒いから、ほぼ毎日鍋料理を食べている。毎日毎日鍋を食べ、鍋に飽きた頃には春がやってくるだろう。春は飽きる前に通り過ぎ、うんざりする暑さの長い夏がやってくる。残暑の厳しい秋とは言い難い秋が一瞬で通り過ぎ、そしてまた鍋料理がやってくる。次の鍋料理の季節に、僕はまだ仕事を続けているだろうか。その頃には仕事を辞めたいと思っている。それほど、僕は病的なやる気に満ちている。仕事を辞めるために仕事をするのだ。

 上司はお酒が好きなようだ。噂では毎日深夜2時まで飲んでいるらしい。夜勤をしていると夜中の1時とかに電話がかかってくる事もあるから、おそらく本当の事なのだろう。外回りを終えて帰って来た上司はお酒を持っていた。外出したついでに買ってきたと言っていた。赤い色をしたお酒で、見た目はおいしそうだ。僕がおいしそうと思うのはファンタみたいな味がしそうとか、そういった感じの「おいしそう」であって、アルコールの味がおいしそうということではない。

上司「Tさんはお酒は飲みますか?」

僕「いいえ、飲めません」

上司「あらぁ、人生損してるわね」

(損しない事が鉄則なのに、僕が損している?酒が飲めないと損なのか?クソ!)

 お酒が飲めることについての利点と欠点を考えてみた。確かに利点はある気がした。たとえば、女性と二人で飲んでいる時、先に酔いつぶれたりしたらちょっと情けない。酒が強ければ、男らしい気もする。けれども、実践できない僕にとってそれは本当に利点なのか、欠点なのかさえはっきりとわからない。それよりも欠点の方が致命的なものに思えた。お酒を飲むと勘が鈍る。冷静な判断ができない。これだけで十分に利点などないに等しい気がした。冷静な判断ができないと、損をするのだ。その損は致命的なものになるはずだ。損というのは、愛や友情、時間やお金、地位や名誉を失うことを言うのだ。損をしないことを鉄則とするならば、お酒は回避してしかるべきものである気がした。

 それにしても寒い。酒を飲んで、体を温めたい気分だ。

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煩悩

 昨日も今日も寒すぎて、頭が痛い。脳血管が爆発しそうだ。

 最近、あることが僕を悩ませていて、何も手に付かなくなってきている。仕事もあまり行きたくない。病的になりつつある。寒いせいかもしれない。すべてを冬のせいにしてしまおう。明日は早い。もう寝なければ・・・

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風の強い日

 昨日、猫の家の下に湯たんぽを置いてやった意味はほとんどなかった。僕は一晩中足に重みを感じながら寝ることになってしまった。猫も「より暖かな方」へと移動する。人間のベッドの方が暖かだったのだろう。自分の家で眠れ、とは言えない。その猫も今日一日中コタツの中にいる。相当寒いのだろう。

 風の音と、何かが転がって行く音がする。とにかく風が強い。時折雪が舞い落ちてくる。朝から外に出ようと思っていたのだが、コタツでのんびりしていると瞬く間に時間が経過していき、やっと外出する決心をしたのが15時のことだった。クリスマスケーキを予約しなければならなかったからだ。本来であれば仕事が休みのこの日に外に出ようなどとは考えない。ずっとコタツで丸くなっていたいのだ。猫も丸くなっている。僕も丸くなりたい。
 昨年は確か20日からケーキを買うかどうか迷い始めて、コンビニで勇気を持って「予約したい」と伝えたのが21~23日のどれかだった。もちろん予約は終了していた。遅すぎたのだ。親切なコンビニ店員さんが自分用か何かにとっていたケーキを譲ってくれた。今年は余裕を持って行動しなければならなかった。
 某コンビニに行き、勇気を出して、店員に声を掛けた。「すみません。クリスマスケーキの予約をしたいのですが」と。この短いセリフに、噛みはしないかと不安になりつつ、表情に気を付けながら、やはりどもり気味になってやっと言葉を吐き出した。なんとか予約し、外に出た瞬間に財布の開け方をミスって地面に小銭をぶちまけた。小銭がアスファルトに落ちて散らばっていく様は、僕自身の散財を暗示しているかのようだった。不吉だった。経済的に厳しいことは確かだが。にも拘わらずクリスマスケーキを予約するのはやはり矛盾しているだろうか。

 それにしても寒い。手足が凍てついて動かない。

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顔がダメ

 一昨日の夜、年賀状を作らなければいけないと妻が言うので、カメラやスマホに入っている写真の中から、個人的に気に入ったものを選定し、アプリで編集して注文することにした。僕は妻と二人で写っている写真と、猫の天ちゃんの写真を使って、2画面の年賀はがきを作ろうと思っていた。最初の写真選びを却下され、2時間奮闘した後、妻がやっぱり写真なしで年賀状を作ろうと言った。理由はいい写真がなかったからである。

「なんか顔が丸いし、ふざけとるし、髭が青しとるし、つるつるしとるし(ハゲとるし)、髪だけでなく影も薄い。いい写真がいっちょん見つからん」

 具体的にはこういう理由で却下された。僕が一番まともに写っており、妥協して年賀はがきにしても良いと思われる写真も、「私が太ってるからダメ」と却下された。最終的に手詰まりとなり、もう写真なしにしようと言われた。「だったらさあ、最初からそうしようよ」と言いたくなった。いや、言った。「僕の2時間は徒労感のみを残して終了した。これに関して僕は2時間文句を言っていい権利を持っている」と僕は主張した。主張せずにはいられなかった。

「君は僕がブサイクだから、写真は載せたくないのだろう」

「そやね」

「旦那がイケメンだったらよかったと思っとるやろ。友達に旦那がブサイクだと噂をされたくないんやろ」

「当たり前やないか」

 酷い話である。自分にはできないから、僕に年賀状作成を依頼しておきながら、「顔がダメ」という理由でこの仕打ちだ。ここまで来て「写真なし」というのも納得いかないので、天鼓の写真だけ載せることにした。新婚の夫婦の贈る年賀状に、首を傾げた子ねこだけが写っている。これは如何なものか。これはこれで可であるか。

 僕にも悪いところがある。結婚式を挙げていないから、適当な写真がないのだ。新婚の夫婦の多くがその年の年賀状に結婚式の写真を載せることを想像した。プロカメラマンが撮影した素晴らしい写真だ。我々にはそういったものがない。せめて入籍の記念写真を写真屋で撮ってもらうべきだったのかもしれない。そういう訳で、いい写真というのはないのだ。もしプロカメラマンが撮影したものが、いい写真というのなら。
 でも、妻はおそらく写真屋で撮影した写真を見て「顔がダメ」と言うだろう。やはり、酷い話なのかもしれない。

「僕はなぜ家庭内でこれほど虐げられているのだろう」

「別に虐げられてはいないやろ」

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とても寒いです

 天神の街を歩いていると聴いたことのある声がした。横断歩道を渡ると、いいカメラを持った人たちが群がっていた。屈強なスーツ姿の人たちが神妙な表情で周囲に視線を配っていた。大衆の視線は民主党の海江田万里氏に集まっていた。僕もほんの一瞬だが話に耳を傾けた。介護のことについて何か言っているようだった。しかし、僕は期日前投票で既に投票していたし、年末の資金集めに奔走している最中のことで急いでいたので、すぐにその場を去った。
 寒空の下、声を枯らして頑張られている姿を眼にして、政治家さんも大変な仕事だと思った。何か悪いことがあれば国民に叩かれて、何か良いことをしたら当然だと思われて。僕も時折「ふざけんじゃねえ」と思うのだが、政治家さんもきっと一生懸命やっているのであって、シケたことをしたくてしているんじゃないだろうなと思うのだった。日本をよくしたいという使命感で政治を志し、世界情勢に流されながら、どうにもならない力に悩まされ、胃に潰瘍を作り、汗水下痢便垂れ流し、それでも国民のために(国民のためなのかどうなのかわからない事もあるが)頑張ってくれている政治家さんたちにエールを送ろうと思う。

 BEAMSでダッフルコートを発見した。値札を見、僕はそっと店を去った。とても静かだった。値札を見た妻もとても静かだった。妻はとても静かに友人との待ち合わせに向かった。僕は一人で天神の街を彷徨った。ダッフルコートを諦めて、宝くじ売り場で年末ジャンボ宝くじと、運試しにスクラッチを一つ購入した。スクラッチを10円玉で削ったら、100万円という文字が見えて、やった!と思ったが、ルールを知らない僕の早とちりであることはすぐにわかった。宝くじ売り場の一角で、僕はスクラッチの紙屑を妻の購入したブーツの入った紙袋にそっと落とし込んだ。わかっていたけれど、僕は自分の運の悪さに納得できていない部分がある。年末ジャンボ宝くじなど当たるはずがないのに買ってしまったのも、そんな諦めの悪さからだろう。どこかで当たらないかなと期待しているのだ。どこかで仕事を辞める最大のきっかけを期待しているのだ。僕は仕事が嫌いといいながらも、働かざるを得ない矛盾をどうにか解決したいのだ。最近はとても寒いので、毎朝仕事に行きたくないと一人で文句を言っている。

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ラーメンの食い方

 本当に寒い。朝から風呂に入ったほどだ。猫も本当にコタツで丸くなっていた。昔、実家にいた猫はコタツに入らなかったが、今一緒に住んでいる天鼓は今日一日ほとんどコタツの中にいた。僕もコタツの中にいて、午前中は借りてきた『幸福の黄色いハンカチ』を観ていた。
 冗談は抜きにして、ダッフルコートでも何でも暖かなものが欲しい。僕は寒い地方の出身だが、とても寒がりだ。とても耐えられない、と思いつつもずっと家で腐っている訳にはいかないと思い、自転車に乗って家から15~20分ほどのところにある古本屋に行って来た。おそらく15分ほどで到着したと思うが、1時間くらい自転車を走らせていたようにも思える。それほど寒かった。クソッ!と思いながら、鼻水をすすった。60cmの巨大な頭部を守り続け、悲鳴を上げて伸びきってしまったニット帽が風の力を受けて、剃り立ての摩擦力の失われたスキンヘッド上を徐々に滑り、脱げ落ちそうになった。それを何度も何度も深くかぶり直しながら走った。冷たい強風と鼻水とニット帽とで息苦しかった。古本屋に着くと、入りにくい気がして、やめようと思ったが、せっかく来たのだし、今中に入っておかないとこの先二度と機会が来ないような気がした。というのも家から数分のところにある古本屋に「いつか行ってみよう」と思っていたら、いつの間にか閉店してしまって、結局行けず仕舞いになってしまったからだ。もしかしたら、探していた素晴らしい本が見つかるかもしれない。古本屋に入ると店主はいなかった。よほど暇だったのだろう、人の気配を感じてやっと店の奥からおばさんが出てきた。古本屋の経営も大変だろうなあと思った。やっと来た客が、しけた野郎で、店内を30分以上物色したのに130円の本一冊だけ買って出て行くのだ(まだ買っただけよかったのかもしれないが)。

 家に帰ってからまた『幸福の黄色いハンカチ』を観た。今日だけで3回ほど繰り返して観ている。どれだけ暇な人間なのだと思われるかもしれない。けれども、僕は『幸福の黄色いハンカチ』を観ずにはいられなかった。刑務所を出てきた高倉健がビールを飲み、ラーメンを食うシーンが僕の中では印象的だった。本当に久しぶりにビールを飲むんだなあと思った。ビールのシーンよりも、ラーメンを食う後ろ姿が好きで、3度ほど麺をすするシーンを繰り返し見た。今日の夕食は実家から送られてきた煮込みラーメンだったので、僕はさっそく高倉健のラーメンの食い方を真似してみた。妻が「それがやりたいだけやったろ」と夕食のメニューをただモノマネするだけのためにラーメンに決めたかのような言い方をしたが、それは偶然に過ぎない。偶然とは言え、ラーメンを目の当たりにして、僕は高倉健の食い方を真似せずにはいられなかった。しかし、煮込みラーメンは熱すぎて、とても啜ることなどできなかった。僕はこんなにも心温まる映画で、心温まるラーメンの食い方をした、心温まる俳優の高倉健が亡くなってしまったことが、とても残念に思えて仕方なかった。僕は『幸福の黄色いハンカチ』のDVDが欲しくなった。

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やっぱり顔なのだろう

昨日寝る前の会話。

「カッコいいね。これいいね」ZOZOTOWNでダッフルコートを見ていた。

「着ている人の顔を見てみなよ」妻が言った。

 やっぱり顔なのだろう。

今日の会話。

「ダッフルコートいいね。カッコいいよね」

「もう買えばいいじゃん!」妻は投げやりに言った。

「え、いいの!じゃあ今度SHIPSに行って、一緒に選んでよ」

「その代わり、(僕の)顔の大きさがモデルの3倍くらい大きいということを理解してね」妻が言った。

 やっぱり顔なのだろう。

 友人との会話(大学時代の回想)。

「顔がダメ」ファッション誌のスナップ写真を見て友人は言った。

 やっぱり顔なのだろう。

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プロフィール

たびびと

Author:たびびと
こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
時間がいっぱいあるので、ブログ始めてみました!

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