『限りなく0円に近い引越料金』

 今朝、電話が鳴った。某引っ越し業者からだった。『価格.com』で一括申請した業者のうちの一つだ。他社に見積もりを予約していたので、その業者はお断りさせてもらった。その後も引っ越し業者から一本電話がかかってきた。

 僕は引っ越し料金の相場を調べようと思ったのだが・・・。『価格.com』で見積もりを一括で申請するまではよかったが、業者が実際に家に来ないことには料金はわからないことに気づき、酷く面倒になった。僕は荷物と移動距離を同じ条件にして、業者の料金を一括で表示させたかった。ある業者のホームページに行くと、簡単見積もり検索ができる。荷物の量と住所と引っ越し先を入力するとおおよその料金が表示される。うまく言えないけれど、僕は価格.comで、すべての業者の料金を表示させたかった。それを参考にして、業者を決定するものだと思い込んで、一括見積もり申請をしたのだった。するとどうだろう、すべての業者の料金を知るためには、すべての業者を家に招き入れ、それぞれに見積もりを出してもらう必要があった。なかなか手間がかかる。

 いや、待てよ。すべての業者を同じ日の同じ時間帯に見積もりに来させ、見積もり競争をさせ、『限りなく0円に近い引っ越し料金』にさせるという手があったのではないか?いくら「精一杯割引させて頂きます」と言っても、競争相手がその場にいなければ、相場を知らない僕にとっては高く見積もられてもわからないだろうし、たとえ納得していなくても、断りづらく、首を縦に振らずにはいられなくなるだろう。業者を一斉に呼び寄せて、見積もりをさせる。それが可能なら、やってみるのも面白い。誰か実際にそういうことをした人はいるだろうか?

 僕の家で引っ越しの競りが行われ、業者たちが料金を次々に提示していく。その値段は安くなり続け、最安値を提示したところで、誰もそれ以下の料金を言えなくなった時に、じゃあそちらの業者さんにお願いします、と言えるだろう。僕はその引っ越し料金見積もり競り市の夢を見ながら、おやすみなさい。

 ちなみに今回はレスポンスが最速だったサカイ引越センターの見積もり予約をした。サカイ引越センターは不用品の買取・廃棄のサービスもしているとのことだったので、料金が詐欺的でない限り決定するだろう。僕はTポイントが貯まるアート引越センターを希望していたが、オペレーターに問い合わせると不用品回収は行っていないとのことだった(リサイクル家電のみ買い取りをしているらしい)。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

引っ越しどうする?

 4月下旬に引っ越しを予定している。今回の引越しは業者を使わずに、自分たちの力でするつもりでいた。新居に19日に入居し、今のアパートは4月末日退去となっているので、10日余りの時間がある。物を少しずつ運び出していけば、引っ越しの費用が発生しなくて済むという訳だ。

 しかし、自分たちの力で、とは言ったものの、奥さんは重い物が持てないだろうから、ほぼ僕一人で荷物を運ぶことになるだろう。そう思った時、自分の部屋を見回して、ちょっとうんざりし始めた。大きな家具家電はないものの、やはり冷蔵庫や洗濯機、ダンボールに入った本などを自力で運ぶとなると、仕事の合間を縫って作業することも考慮に入れてみたら、かなり疲れてしまうはずだ。冷蔵庫や洗濯機も自力で運べると高を括っていたら、階段で躓いたりなんかして、一緒に転げ落ちてしまうかもしれない。当然大怪我をする訳で、当分の間、仕事が出来ず、収入もなく、下手したら新居を早々に退去させられた上に違約金も発生してしまうだろう。

 不用品の処分にも困っている。冷蔵庫はまだしばらく使うことにして、新居に持っていくことになった。新しい冷蔵庫を購入した際に、回収してもらう予定だ。だが、ベッドはもう注文済みで、今使用しているものは処分しなければならない。予定としてはレンタカーを用意して、地域のリサイクルセンターへ持ち込もうと思っていた。自治体の回収日は間近になっており、処分するにしても早過ぎて、当分床で寝なければならなくなるので没にした。しかし、レンタカーを借りるのも手間と費用がかかってくる。

 自力で引っ越しをしようと思うと、やることが沢山あって、気が遠くなるような感覚になった。以前不用品の処分に困っているとブログに書いてみたら、引っ越し業者が不用品の処分をしてくれる、というアドバイスを頂いた。費用はそこそこ掛かるかもしれないが、ここは一番楽な方法を選んだ方がいいかもしれない。

 引っ越しを手伝ってくれるような友人もいないことだし、下手をしたらマズイし、疲れるし、自分だけで作業をしたら、すゔぇての責任が自分一人にのしかかってくる気がして、非常にリスキーで、損ばかりするような気がしてならないので、業者に荷物の運搬と不用品の処分を一度にしてもらうことにした。その方が安全かつスピーディーであるから、僕は何も損をしない。

 さっそく引っ越し料金の見積もりを「価格.com」で数社に一括で申請した。申請ボタンを押した瞬間に某大手引っ越しを業者から電話がかかってきた、22時近くにも拘らず。さすが大手である。

「夜分遅くに申し訳ありません。某大手引っ越し業者です!」

 業者のオペレーターは高い声で喋り出した。来月の始めに見積もりに来るらしい。そして明日の午前7~8時の間に再度確認の電話をかけてくるというのだ。このオペレーターは夜22時になっても働いて、明日の朝7時には既に働いているというのか。それとも夜勤なのか?ネットのボタンを押した瞬間に電話をかけてくる反射神経を持ち、どこまでも働き続ける体力を備えている、さすがプロのオペレーターである。

 一括見積もりを申請したから、あと数社同じような連絡があり、自宅に見積もりに押し寄せてくるのかと思ったら、酷く面倒になった。幸い、他社はメール連絡で、僕の方から連絡してくれと送ってよこした。それにしても申請ボタンを押した瞬間に他社もかなりの行数のメールを一瞬で作成し、我先にと送って来ているから凄い。熾烈な競争が繰り広げられているという訳だ。365日24時間無休でオペレーターが常駐し、ネットで申請ボタンが押された瞬間にメールまたは電話を、パソコン画面が次ページに遷移するかしないかのうちに返す。他者との競争により凄まじいレスポンスが実現しているのだ。ちなみに今日電話をかけてきた某大手引っ越し業者サカイ引っ越しセンターは電話をする数フレ前にメールも送っていた。凄まじいオペレーションである。ということで、僕は某大手業者に引っ越しを依頼することを大方決めた。

 あとは見積もりをしてもらってから決めていくつもりだ。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

そりゃあ、いつか死にますよ

 自宅から病院までは徒歩にして40分ほどを見ないといけない。午前中の診療時間に間に合わせるためは、業務で間誤付いている訳にはいかなかった。今月中に済ませなければならないと言われている健康診断を体調不良のまま先送りにしてしまい、健康診断を受けるチャンスはもう今日しかなかった。うっかり忘れていたフリをして、行かないという手もあったかもしれないが、後々面倒なことになるくらいなら、夜勤明けの不健康極まりない体で受けた方がまだましだった。

 仕事が終わり、自宅に戻ると急いでシャワーを浴びた。仕事の臭いと汗のべとつく体が嫌だから、仕事から帰るとシャワーを浴びないと気が済まないのだ。目に入った服を雑に着込んで外に出た。職場の同僚が「今日は雨が降る」と言っていた。確かに空は曇っており、雨の匂いがした。値段とその存在価値の割に長い間大切に使っているビニール傘を携えて家を出た。その時点ではまだどういう経路で行くのか頭の中に迷いがあり、夜勤明けの衰えた体力と相まって、見かけ上の僕は危なっかしくふらつきながら歩くのだった。
 駅に行ったとして、電車は何分待ちだろうか?そもそも電車で1駅程度であるし、徒歩の方がむしろ早い場合がある。体力もないので、タクシーに乗るという手もある。だが、タクシー代をやめて、昼食をマクドナルドにしたいという欲求もあった。色々考えているうちに、僕は駅への道をいつの間にか通り過ぎて、病院への最短路を直進していた。途中、歩道のない車道、通常そこを歩行しているとかなり目立つ道を、なりふり構わず歩いた。後ろから大型トラックが通過してゆく。地面が揺れ、風が通り過ぎてゆくのに内心びくびくとしながら、100メートル先の脇道めがけて足を速めた。

 11時前には病院に到着した。なんとか受付時間に間に合った。受付で会社名と名前を言い、問診票と検尿コップをもらった。トイレに入ったけれど、夜勤明けの汗を流した上にほとんど飲まず食わずのひび割れかけた体からは、さほど多くの量は採れなかった。検尿コップには老廃物を凝縮したような見るからに不健康そうな真っ黄色の尿。「少ね」などと独り言を吐きながら、トイレの窓を開けて、検尿コップを置いた。

 健康診断は簡単なものだった。レントゲンも心電図検査も採血も行わなかった。身長、体重、視力、聴力、血圧の検査と、先生の問診だけだった。身体測定だ。身長は174.5cm。これは以前より1cmも低くなっていた。夜勤をすると身長が1cm縮むらしい。睡眠不足によって引き起こされる修正不能な猫背がそうさせているのか、あるいは以前の身長測定の際に背伸びしていたかのどちらかだろう。
 視力は両目とも1.5。ランドルト環を照らすバックライトが夜勤明けの瞳には眩しすぎた。最初は真ん中辺りから始めたのだが、驚くべきことに全く見えず、「わかりません」と言った。次第に光に慣れ始め、環の向きがはっきりとしてきた。小さい物になるとやはり見え辛かったが、ズルをして、当てずっぽうで「えー、右です。間違いなく右です」などと言ってみたりした結果、1.5になった。当てずっぽうが当たっていたのだろうか。

 最後に問診。

先生「キレイな頭の形をしていますね。はい、じゃあ今日は終わりです」

僕「え、え?ああ、ありがとうございました」

 帰り道、一番の安定行動を取り、1駅だけ電車に乗った。最寄駅近くのショッピングストア内にあるマクドナルドでセットとポテトLを買って持ち帰り、家でパクついた。こんな生活を繰り返していたら、いつ倒れてもおかしくないだろう。もうどうでもいいや、という気持ちにさえなってくる。

 とりあえず、今日やることは何とか済ませた。あとはお休みなさい。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

夜勤明けの遠足

来月末から新居に引っ越すことが決まったので、今住んでいるアパートの管理会社に解約することを伝えた。退去の1ヶ月前に連絡するのが基本であるから。

退去の日、「カギを会社まで持ってきてくれ」と言われた。立ち会いではないらしい。

「立ち会いじゃないんですか?」

「普通に使ってもらってたら問題ないよ。傷とか付けてたら言っておいてね」

これで大丈夫なのだろうか?部屋はキレイに使って来たつもりだ。念のため、退去時にカメラで部屋を撮影しておこう・・・

今日は夜勤。明日は夜勤明けなのに健康診断に行かないといけなくなってしまった。今月中に健康診断を指定の病院で受けないといけないらしい。僕に残された時間は明日の午前中しかなくなってしまった。今まで体調が悪過ぎて行けなかったのだ。それにしても病院までは徒歩40分。9時半にぴったり仕事が終わったとしても、受付ギリギリになりそうだ・・・3月中に受けられなかったらどうなるのだろうか?夜勤明けで40分も歩かないといけないのも問題だ。こうなったら手を挙げてタクシーを止めるしかないか。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

家具家電処分に悩む

来月の粗大ゴミ回収日が7日だという。その日にベッドを回収してもらうとしたら、僕は1ヶ月以上床で寝起きすることになる。うーん。体力が持たない・・・

冷蔵庫の処分にも困っている。どうしたらいいんだ・・・

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

『床』

 賃貸の審査にどうにか通ったようなので、新居で使うベッドを注文してきた。ベッドはあらかじめ何を購入するかを決めていたので、あとは住所が確定した時に買うだけだった。
 家具屋さんに「納期はいつになるか?」と聞いたら、5月9日以降(配送日は火木土曜日だから早くても10日)になると言われた。入居が来月中旬。今のアパートの契約が月末までだから、ギリギリ月末まで今のベッドを使ったとしても、最低でも10日間は床で寝ることになってしまった。消費増税前で注文が殺到し、業者がてんてこ舞いらしい。僕は消費増税をさほど気にしていなかったのだが、たまたま内見に行った物件が気に入ってしまい、それに伴い、慌てて家具をそろえる運びとなった。結果として新生活にベッドを間に合わせられなくなってしまった。

 そういえば、今のアパートに越してきた時は、部屋に自分の服と本以外には何もなく、最初は床で寝ていたものだ。床で寝るなど、人生で初めてだった。当時の日記が残っているから一部抜粋して、引用しようと思う。

8月1日
「配送されるまでの数日は床に寝ることになる・・・」

8月3日
「床に寝て2日、そろそろベッドが来てほしい」

8月4日
「結局、今日も床で寝ることになった。これで4日目だ。明日になればベッドは来るだろうか。床でも眠れているが、目覚めた時の首の痛さにはうんざりする。毎日繰り返せば、特に苦痛とは思わなくなり、順化してしまうだろう。しかし、それを当たり前と思ってはいけない。下を向いてばかりいると低水準でも良いのだと自分を納得させ、最終的に家さえなくなってしまうのだ。寝心地の良いベッドで眠りたい。そうやって、志は高くしておこう」

8月5日
「7時前に目が覚める。ここに来てから毎日同じ調子である。ベッドがなくて寝心地が悪いせいなのだろう・・・」

8月6日
「目覚めるとまだ疲れが抜けきらない感じだった。連日床に寝て疲労が蓄積されたのだろう・・・」

8月7日
「床に寝て6日目の晩を過ごした・・・」

8月8日
「床の掃き掃除をした・・・」

8月9日
「床で寝て、水を浴びる生活が続いている。これが冬だったら恐ろしいことになっただろうけど・・・」

8月10日
「色々なことが頭に浮かび、寝付けない。・・・主に2つの事柄・・・一つは神について、もう一つは軽率な発言をする歯医者・・・」

8月11日
「台風がやってきて、風が強く、雨が絶えないので、今日は部屋から出ないことに決めた・・・」

8月12日
「午前10時頃、待ちに待ったベッドが届いた。ベッドは2人の人によって運ばれた。指示する方は若く、主に積み下ろしする人は歳を取っていた」

 こうして僕はベッドが届くまでの12日間を床で寝て過ごしたのだった。なお12日目にベッドが到着した後の日記にはベッドの寝心地について一言も書かれていなかった。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

オフィスの男

 友人がSkypeで職場の環境が劣悪だと言って来た。これはもうずっと以前から訴えてきているのだが、無関係の僕にはどうしようもないことだ。いっそのこと転職するか、退職してニートにならない限り、その劣悪な環境から脱け出すことは叶わないだろう。

「僕には関係のないことだ」

 と他人事のように鼻で笑い、傍観していたのだが、その僕も今日は笑えなくなった。

 友人の会社は、簡単に言うとIT関連で、オフィスにはPCと人が並んでいる。カタカタとキーボードをタイピングし、マウスクリックの音が響いている職場だと推測する。劣悪な環境とは無縁に思えるのだが、彼は「酷い環境だ」と言うのだ。大学時代から、彼は少々潔癖で、神経質なところがあったから、ほんの些細なことでも大袈裟に言っているのだろうと思った。たとえば、空調のカビ臭さに対しても、死を覚悟するほどの臭いなどと言っているものだと思っていたのだ。しかし、訴え方がおかしい。僕は彼が職場の劣悪さについて訴え始めたのがいつのことなのかすでに覚えていないのだ。

 何が劣悪なのか?それはどうも同僚の態度にあるらしい。その同僚(以後オフィスマンとする)の態度があまりにもマズイものだと言うのだ。友人はオフィスマンがオフィスにいる間は、彼のあまりの態度の悪さに仕事が手に付かないのだという。仕事中にも拘わらず、Skypeで「ヤツが離席しない限り安心して仕事ができない」と言うのだ。昨日なんかも「オフィスマンが帰ったからやっと仕事ができる」と、21時を過ぎてから、その日やるつもりだった仕事を開始したのだ。これは尋常ではない事態だ。

 友人は、オフィスマンの態度に最近アレルギー反応を示し始めたらしく、「顔が熱くなる」などと訴える。それ以前にも鼻で呼吸ができなくなった、頭が痛い、目が痛い、眠れない、などとかなり追いつめられた症状を示している。

「一体、オフィスマンとはどういう男なのだ?」

 僕はそう問いただすと

「彼は頑固だ」とか「デリカシーがない」とか「彼は・・・モテない」とか訳のわからないことを言うのだ。世の中には、そういう人間が溢れるほどいるのだ。しかし、それがなぜ、鼻で呼吸ができない、などという症状になって現れるのか・・・。

 友人の発言から察するに、どうも何等かのハラスメントを受けているに違いない。いくら「苦しいか、それはよかった」的な態度で笑いながら話を聴いていたとはいえ、彼は友人だ。そこまで苦しんでいるのなら、助けてあげたい。しかし、遠方に住む僕に何ができるのだろう。とにかく、オフィスマンの正体を探るしかない。難しいことだったが、唯一の情報源は、Skypeのメッセージ履歴にある。友人は頭のいい人間だ。おそらくSkypeのメッセージには、彼の『本当のメッセージ』が隠されている。僕はそのメッセージ群から、本当のメッセージを汲み取るべく、夜勤明けの疲弊した肉体に鞭打って、震える指一本を気合いで動かした。

 やはり、友人は頭のいい男だった。メッセージを解読していくと、オフィスマンなる男の詳細な人物像が掴めてきた。彼はどうやら仕事中、なんらかの方法というか、その態度?で、無差別にオフィスにいる人たちを攻撃しているらしかった。それはかなりの射程距離と持続性を誇り、その攻撃に触れてしまったら(射程距離内に入ってしまったら無防備にその攻撃を受けることになる)、鼻で呼吸することが困難になり、頭痛と吐き気とめまいに襲われる。しかし、一体これはどういうことなのか?攻撃?い、糸?いや、訳がわからない。

 何等かのハラスメントを受けていることは確実になってきた。そしてオフィスマン・・・彼は「モテない」

 そこまで解読が進んだ時、僕は急に息苦しさを覚えた。今まで嘗めていた『のど飴』が急にノドに入り込んできたのだ。僕はパニックになり、必死で吐き出そうと試みた。その数秒が時間の止まったようになった。なんとかもがいて、アメは吐き出した。あやうく死にかけるところだった。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

『猫可』

雲行きが怪しい。先日の賃貸申し込みの審査に通るかどうか。

「猫を飼う」

この条件一つのために、もしかしたら審査に通らないかもしれない・・・。それほどまでにネコ科の動物は猛獣であり、室内をズタズタに切り裂くほどの暴れを備えているのだ。今日は不動産屋から奥さんに電話がかかってきて、猫のことで2、3質問を受けたそうだ。

デザインリフォームされた綺麗な部屋で猫を飼ったら一体どうなるのだろう、とかなり心配になってくる。せっかく綺麗なのだから、ずっと綺麗なまま住みたいと思う。管理会社の立場になってみても、せっかくのデザインリフォームがネコ科の猛獣一匹のせいでメチャクチャにされたらたまらないだろう。

不動産屋がこんなことを言っていた。「猫可能物件は非常に少ない。猫可にしたら人気が出るだろうと家主が考えて、『猫可』にしたが、退去後の惨状を目の当たりにして、猫可をやめたケースもある」と。

うーん。まあ審査に通らなかったら通らなかったで諦めるしかないけど、自分の中ではもうあの部屋に住んでいる気分なんだよなあ・・・。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

苦しい

スマホのかな入力を最近になって始めた。慣れないのでイライラしながら、文字入力をしている。

今日はまた生活のための仕事で疲れた。しかし、働かなければならない。リーダーにシフトの時間を増やしてもらっても構わないと伝えてきた。人手不足だから仕方なく、でなく自分から進んで時間を増やしてもいいと言ったのは始めてだ。これからの生活を不安に思っている節があるから。本当は働きたくないのになあ。

それにしても咳が止まらない。新生活のために汗水垂らして働いて、咳き込みながら、呼吸困難の闇に飲まれて朽ちていく。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

視野を極限にまで解放し、慎重に決める

 久々に不動産屋に行った。去年の秋頃、博多の方に新居を探しに行ったのだが、その時は引っ越しの目的が曖昧だったため、はっきりとした住宅のイメージを描くことができず、何軒か回った後に汗水垂らして案内してくれた不動産屋に「考えます」と言って、帰って来たのだった。だが、今回は結婚もしたことだし、いつまでも別居状態を続ける訳にはいかないので、そろそろ本気で新居を探さないといけないことに思い当たったのだ。

 住みたいと思った街の駅付近の不動産屋に入った。お客さんが多かった。不動産屋の従業員たちは次々に車に客を乗せて、出発していく。新生活がスタートする4月を目前に駆け込んでくる客が多いのだろうか。僕たち夫婦はいつでもいいと思いながら、入って来た気まぐれな客に過ぎなかったが。店員に聴くと、3月中旬はお客さんが少なかったが、月末が近づくにつれて、急に忙しくなったということだった。そのため、猛スピードで部屋が埋まって行き、ネット上では空室でも、実際はもう満室になっているということが多いらしい。だから「ネットの情報は当てにしないでほしい」と言われた。

 とりあえず、自分たちの条件を告げた。一番よさそうな物件を紹介してもらい、内見に出かけた。

 2件目に見たところでは、少し離れたところで、近所の人が窓の外から覗き込んでいることに気付いた。ずっと見てきた。不動産屋の人は家主さんかな?と訝しげに見ていた。その人の家には「ペットのフンは持ち帰れ」的な貼り紙がされていた。その物件は、ペット可能住宅(ある事情からペット可能住宅を探している)だから、近所の人はペットに関して苦情を言いまくるのかもしれない、と何気なく思ってみた。それは厄介だ、何もしていないのにクレームをつけられそうだ、と2軒目の物件は没にした。

 住居に関しては、本当に慎重にならなければならない。今のボロ物件は頭のおかしい人が嫌がらせをしてきたこともあるから、物件選びにはナーバスにならざるを得ないのだ。

 僕は1軒目に見た物件が気に入り、そこがいいのではないかと思っていたので保留とした。その物件は裏手になかなか広い公園があるし、歩いて20分もすれば、散歩程度の気軽さで登れる山がある。空気もいいような気がするし、静かでいい。築年数は長いけれど、デザインリフォームを施してある。ペット可能ということだ。家庭の事情から、ペットを飼いたいと思っているので、ペット可能であった方が都合がよい。敷地専有面積はそれほど広くないが、今住んでいる部屋に比べると、格段に広く、きれいである。JR、私鉄、各線の駅まで徒歩10分圏内。風呂トイレ別。エアコンやガス台のない物件が多かったが、そこはエアコンとガス台が揃っていた。等々、素晴らしい環境なのだ。ただ、家賃が高い。それが悩みどころであった。

 2軒目の物件を1軒目の物件との比較として、参考程度に見た後、僕は2軒目は絶対ダメだ、と思ったと同時に1軒目の物件に住んでみたい思っていたので、不動産屋の人に「1軒目のところがいいですね」と言ってみたのだ。

「ありがとうございます!」

 不動産屋は1軒目の物件について、詳細な説明をしてくれた。僕は半ばそこに住んでみようと思っていたので、夫婦でアイコンタクト程度の話し合いを済ませ、「ここにしよう」と言ってみた。不動産屋は早速、入居申し込み書を持ってきた。僕は必ずそこに住むと決めていたので、快くサインをした。

僕「書けました」

不動産屋「えーと、この収入というのは手取りですよね?」

僕「え、あ、うぃッ!しょ、総支給額です!」

不動産屋「えーと、雇用形態は・・・正社員ですか?」

僕「僕は正社員ではありま せん!」

不動産屋「収入はこうしておきましょう(収入欄を修正し、書き直す)。雇用形態に関して何か聞かれたら答えることにしましょう。まあ、私の紹介ですから、まず審査に通ると思いますよ」

 ということで、引っ越し準備をしないといけないなあ・・・

 はい、以上。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

息もできないくらい

sakura20140321.jpg

 「あなたは子供の頃、いつと止む気配のない咳の地獄に耐えられず、救急搬送されたことがおありですか?」

 朝11時までの夜勤を何とか終えた。ここのところ夜勤ばかりやっている気がする。昨夜、帰っていく別の階の職員に「あれ、また夜勤?」と言われたほどだ。確かに今月は7回夜勤が入っている。それだけで出勤日数が14日にもなる。
 勤務中、咳が止まらず、呼吸をしているのに、息をしていないかのように苦しく、仕事どころではなかった。無限に咳き込みながら、自分のズボンを丸めて、枕にして、和室の畳の上に横になったりしていた(自分のズボンを枕にしたと言っても、別に下半身を曝け出していた訳ではない。ちゃんと制服を着ていた。ズボンは私服である)。いろんなところで手を抜きつつ、なんとか終えることができた。
 本当は誰かに交代してもらいたかった。けれど、上司が「何とか勤務を続けられませんか?」から話を前に進めてくれないことを僕は知っている。だから、仕方なく、倒れるまでやってやろうと思っているのだ。同僚に体調不良を訴え、あとは倒れる寸前に可能ならば上司に着信を残しておけばいい。倒れた後は、他人に任せたらいいのだ。
 一人勤務でどうしようもないから、夜勤は極限にまで手抜きをし、やらなくていいことは絶対にやらず、やらなければならないこともわからないようにサボり、とにかく入居者の様子のみを時折観察して過ごすことにしている。夜勤というのはそういうものだと割り切って、僕は手を抜くこと以外には何も考えていない。殊に体調不良の時は如何に仕事を捌くかでなく、如何にサボるかを頭を高速回転させて考えているほどだ。そうでないと僕の体力では、夜勤を乗り切れない。

 今も咳が止まらない。薬を飲んでいるのに治らない。苦しい。部屋の中はダニで満たされているのだろうか?外を歩くと、呼吸が少し楽な気がした。
 子供の頃、テレサ・テンが死んだ。死因は気管支喘息の発作によるものだと報道されていた。その報道は僕にどうしようもないほどの恐怖心を植え付けた。僕自身も病院で気管支喘息と診断されていたからだ。だから、咳が止まらず、呼吸がままならなくなった際には、僕は無限に咳き込んで、息ができずに死んでいくんだ、と思ったものだ。

 コインランドリーに向かう途中の桜の木。花が咲き始めている。晴れていて、青い空に浮かんでいる。この桜は明日になっても見られるだろうか?目の前の風景は二度と観られないものになるかもしれない。綺麗だな、桜。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

眠れませんでした

ああ、咳と鼻水で苦しくて熟睡できなかった。今日は夜勤だ。どうしよう。早いけど、もう寝ることにする。眠れないと思うけど、少しでも体を休めないと辛くなる。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

白すぎる空

「いいなあ、いいなあ」とヨドバシカメラのカメラコーナーで、シャッターを切っていると首根っこを掴まれるように、その場を連れ去られる形となった。

親戚の方々からお祝いを頂いたので、内祝の品を博多に買い来ていたのだった。



祝いの品を贈り、お腹の空いた僕たちは、阪急の地下、薩摩蒸気屋で焼きドーナツを買った。



平日にも拘らず(もう春休みかな?)、今日も焼きたてを目当てに行列が出来ていた。焼きたてだから、温かくて、ふわふわしている。ドーナツの入った紙袋からはいい匂いが漂ってくる。車に戻ると、立て続けに2個を食べた。帰宅して、更に一つ食べてしまった。



それにしても、空が白い。すごく白い。そのうち本当に外に出られなくなりそうだ。咳も止まらないし、体調が悪い。僕は本気で空気清浄機の購入を考えている。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

仕事アレルギー

sakura20140318.jpg

 連日の暖かな陽気に、もしやと思い、近くの公園に行って来た。ほとんどが蕾のままだったが、ちらほらと花を咲かせていた。僕は近くの公園の桜並木の下を歩くのを楽しみにしている。

 ここ1週間ほどは体調が悪く、鼻水と咳が無限に出て、止まらない状態だった。で、大体治りかけてきている感じがしたので、このまま放っておいて大丈夫だろうと思ったのだが、今日の夜勤明けには咳が前以上に止まらなくなっていた。施設の入居者には訳の分からない理由でバカにされ、たまらないなあ、と思い、酷く咳き込みながら働いていた。最早、介護を必要としている人間がどちなのかさえ曖昧に思えてくる。

 家に帰り、2時間ほど休んでから、どうにも治まってくれない咳と鼻水に耐え兼ねて、耳鼻科に行くことにした。この前内科に行ったばかりだったが、なんの効果も示さなかったので、僕は内科に行ったことは忘れることにした。あの日、僕は1160円をどこかに落として来てしまっただけだ。

 耳鼻科に到着すると、まず、塩水を鼻に入れられた。それにより鼻水を流し出して、鼻を通らせるばかりでなく、流れ出た鼻水を検査するという算段である。片方の鼻の孔から、塩水を入れる。あー、と言う。もう片方の鼻の孔と、口から塩水が出てくる。僕はたまらない思いで目を閉じ、あー、と言った。鼻からも、口からも、目からも、大量に何かが出てきた。鼻の孔を交互に変えて、それを無限に繰り返した。あー、と僕は小さな嘆きの声を上げ続けた。看護師さんが「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。僕は、あー、と答えながら、口から出てくる塩水の半分くらいを飲み込み続けた。

 鼻に残った水分を専用の機械で、吸い取った。鼻の孔に管を入れて、何かを吸入した。周囲を見渡すと、子供たちが手慣れた様子で、塩水と水分吸い取りと吸入を行っていた。随分慣れているなあ、ずっと通っているようだ、と横目にそれらを観察しながら、僕は自分の吸入を続けた。左隣で幼児がじっとこちらを覗っているのが視界に入った。スキンヘッドの大の大人が、涙目で、鼻に管を差し込み、スーハースーハー言っているのが物珍しかったのだろう。

 変なマシンからの吸入が終わるか終らないかのうちに鼻水の検査が終わっていた。何もないプレパラートを顕微鏡で覗き込んでみると、ピンク色の斑点が無限の広がりを見せていた。好酸球というのが増加しているらしい。つまりは、アレルギー反応が出ているということである。「はい、これでアレルギー性鼻炎ということがわかります!」と医者は言っていた。

 スクラッチテストに取り掛かった。スクラッチテストというのは、皮膚を注射器の針やなんかで削り、目には見えない傷をつけ、そこにアレルゲン物質の液体を塗り、反応を見るというテストだ。複数のアレルゲン物質の液体を塗り、15分程度様子を見た。アレルギー反応が現れると、注射器で擦った箇所が赤くなり、痒くなったりするらしい。それにより、何にアレルギーを示すかを特定できるようだ。僕は15分経過してもほとんど反応がなかった。唯一反応が現れた物質は「ダニ」だった。

「ダニに反応してますね。ダニというのは普通に生活を送っていれば、ほとんど接しないものと思うんですけどねえ」

 僕の部屋はダニとダニの死骸、およびそいつの排泄物に満ちているということか?普通の生活を送っていたら、接しないとまで言われた。僕の生活水準はそれほどまでに低い物だったのか?僕の中で、「ダニ」に対する社会的評価、いや、個人的な評価が格段に下がっていった。ダニ野郎!始末してやる!とはいえ、目には見えないヤツを始末するには一体どうしたらいいのか。とりあえず、晴れてくれたら布団を外に干すのだが・・・。

 抗アレルギー剤的なものと鼻づまりの薬など数種を処方してもらった。薬局の男性の薬剤師さんが自信満々な高い声で、薬の説明をする。「この薬を飲みましょう!鼻づまりが改善されます!」なんてことは一言も言っていないが、そんな風な調子で喋り「はい、〇〇円になります!」と言った。支払を済ませ、礼を言って、出ると、後ろから高い声で「お大事に!」と言っていた。楽しそうだった。

 これから夕食を食べて、薬を飲む。一瞬で完治するはずだ。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

春です

外に出ると、もう春の香りが漂っている。別にいいことなど何もなくても、心がウキウキしてくる。

春の到来は確かに待ち遠しいものだった。寒がりな僕にとって冬場は辛いものがあったから。

どこかでフキノトウが芽を出しているような、遠足に行ってみたいような、そんな浮ついた陽気に、元気を取り戻したみたいだ。体調は相変わらず悪いのだけれど、なんか気分がいい。仕事に行く代わりに、山に登りたい。

はよ寝て、夜勤に備えるのだ。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

気の毒だった

18時で仕事が終わり、帰ってくると一息つく間もなくケータイが鳴った。夜勤さんがどうにも具合が悪くて、仕事が出来そうにないという。確かに体調が悪そうだったが、頑張ると言っていた。頑張れなくなってしまったのだろう。

僕も体調が悪い。体調の悪い人の気持ちはわかる。すぐにまた職場に引き返した。夜勤さんは帰って行った。
僕ともう一人のスタッフとで働いた。どちらも咳き込みながら働いた。みんな体調が悪かった。

今日早番で入っていたスタッフは0時に出勤するように言われていた。出勤するのを渋っていたらしい。可哀想だ。結局上司に説き伏せられてしまった。休みの日に呼び出される気持ちもわかるから、とても気の毒だった。

みんな気の毒だった。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

ぬり絵

 朝起きると、いや、昼に起きると喉が痛すぎた。頭痛も酷かった。声も出なかった。すぐさま流し台へ行き、うがい薬でガラガラとやった。うっ、とむせ返り、痰をいくつか吐き出すと、いくらかましな慢性鼻炎的な声が出てきた。「徹底的に他人にハメられた」と唄ってみたりして、自分の発声を確かめた。
 昨日残した洗物や洗濯物を処理していく過程で頭痛は去った。季節性のものかもしれなかった。外はすっかり春模様だ。移り変わりにありがちな、迷惑な頭痛だったろうか。

 昨日TSUTAYAで借りたCDは、間抜けなことに以前借りたものだった。iTunesに同じアルバム名を見つけた時はガッカリした。ここ数日間の体調不良と、それに耐えながらの勤務により、さらに疲労が蓄積しているから、頭がおかしくなっている。

 夜勤をすると、翌日が必ず休みで、時間があるように思えるが、体調が悪かったから、寝ている時間が長くなり、気づいてみると夕暮れで、もう明日の勤務のことが頭にまとわりつき始める。毎度お馴染みの焦燥感がやってくる。何かしなくては、というバカみたいに気を急く思いに囚われて、半狂乱状態のまま、追い立てられるが如く、あっという間に今日の天井にたどり着く。嫌なイメージに憑りつかれ、悲鳴を上げて十数年。僕はやはり嫌なイメージに囚われて、ボーッとざわつく心で夕暮れを眺めることがある。

 とにかく、体調を元に戻して、明日のキャンバスに色を塗ろう。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

夜半の振動

 体調が悪かったので、夜勤中だったけれど、ソファーに横になり、休ませてもらっていた。咳が止まらず、お腹が痛かった。ズキズキと頭が痛んだ。ありがたいことに、平和な夜で、入居者たちはあまり動きを見せなかった。
 そんな折、いきなり、緊急地震速報のアラームが鳴り響いた。僕はびっくりして、ソファーから跳ね起き、あたりをキョロキョロと見回した。すぐに揺れはやってきた。短い揺れが収まると、すぐに全居室を速やかに巡回し、異常がないか確認した。幸い、何事もなかった。

 地震は怖い。パニックになる。ほんの小さな揺れなのに・・・。もっと大きな揺れで、避難が必要になったとしたら、どうしたらよいのだろう。訓練をしているとはいえ、夜間の一人での対応は自信がなさすぎる。窓を開け、大声を出し、近隣の住民に助けを求める、ということだが、大声が出るのかどうかもわからない。困ったものだ。

 今回わかったことは、緊急地震速報のアラームは、揺れが来るよりも一瞬早いか、ほぼ同時に近いものだった。ほんの一瞬の先読みができるはずだから、退避行動が一瞬早くなり、生存確率が高まるのではないか。スマホの緊急地震速報の通知をオンにしておいてもいいと思えた。

 地震もあり、色々ストレスは溜まったけれど、夜が開けた。

 今日はホワイトデーだ。バレンタインデーにプレゼントをもらった人には、簡単にお返しを用意した。本当に簡単すぎて、中身を見たらガッカリされるかもしれないが。
 まず、朝早く出勤してきた早番さんに挙動不審になりながら渡した。帰り際に事務員さんにも挙動不審になりながら渡して帰って来た。事務員さんに渡す時には体調不良のためにほぼ声が出ず、何かの呼吸音のみを発しながら、渡したので、「何ですか?」と僕のことを怪訝そうに眺めながら言われた時は一瞬焦り、同時にさらに挙動不審になった。

 だが、なんとか渡せた。疲れた。

 早番さんに

「気を遣ってくれたの?別に良かったのに。でも嬉しい。ありがとう」

と言われた時は、僕も今日一日幸せになって、おやすみなさい。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

まだ治らない

 なかなか抜け出せない毛布の快楽的な温度にうっとりとし、夢うつつのうちに、気づくと10時を過ぎていた。体調が悪いから、今日くらいはダラダラ過ごしてもいいだろう、と甘えた。今日は夜勤だから、それまでは休んでおきたい。

 咳と鼻水だけでなく、涙も止まらない。呼吸器系に及ぼす症状は、体力を消耗させる。鼻が詰まっていると、通常より強く呼吸をしてている。咳をし続けるということは、叫び続けているようなものだろう。頭痛がしてくるし、腹筋が痛い。運動をしなくても、体力が奪われてしまう。そのためにどんどん元気がなくなってしまう。とにかく、食欲がなくても沢山食べるようにして、なんとか体力を維持している。

 体調が悪いので、そろそろ寝よう。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

頭痛がする、涙が無限に出る



うむ、熱も下がってきているので、出勤だ。涙と鼻水が止まらず、無限に流れ続けて辛いけれど、死ぬほどのことではない。

とはいえ、仕事中はキツかった。頭がガンガンした。鼻水を無限にかみ続けているから、僕の長い鼻の下はカサカサと毛羽立って来ている。咳が出過ぎてお腹が痛い。微熱が続く。

だが、なんとか行って来た。酷い頭痛だ。あまりにも痛いのでまた鎮痛剤を飲んでしまった。はよ寝よう。明日は夜勤だ。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

まだやるかい

ゲ、元気イッパイだぜぇ



読める、読めるぞ!伝承の通りだ!



カロナール2錠投入!



明日は元気に出勤だ!

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

何だね、この症状は?

「はい、1160円になります!」

30秒に満たない診療時間で、僕は別のことに使っていたら遥かに幸せになれたろう金額を一瞬で失ってしまった。それだけでなく、処方された薬は何の効果も示さない。むしろ、どんどん悪化し、目を開けているのも辛く、体も酷く怠い上に、頭がぼんやりとして思考が全く働かない。



今日は内祝の品を買いに行かなければならなかった。外出するとどんどん体調が悪くなり、目が充血し、くしゃみが止まらない。途中でアレルギー用の目薬を買ったが、特別よくなるような兆候はなかった。

帰りが遅くなったので、外食で済ませようということになった。しかし、注文した定食は味が全く感じられず、美味しくなかった。

今は帰宅してシャワーを浴びたところだ。億劫だが、これから弁当の準備をしないといけない。はよ休もう・・・

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

祈り

 東日本大震災から3年という月日が経ちました。震災、およびそれに関連することで被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。

 あれから3年が経ちました。当時、部屋にテレビすらなく、携帯電話も、ほとんど使っておらず、インターネットもなかった僕は、外部の情報というのが入りにくい状況で暮らしておりました。ですから、震災があったことを外出先の電気店のテレビで知った時は「一体何があった?」と茫然と立ち尽くしたのを覚えています。電気店のテレビで、止まることなく、あらゆるものを飲み込み進む、津波の映像をずっと見ていました。そこには映し出されていませんでしたが、僕の知らぬところでは無数の命が奪われていたのです。

 闇夜に赤々と燃え上がる炎がありました。海上の何かのタンクが延々と燃えていました。夜ですから、海は真っ黒に映っていました。あの海に多くの人々が溺れたのだと考えるとぞっとしました。これはたまらないなと思います。暗くて、冷たくて、苦しくて、さぞかし辛かったことでしょう。

 死者15,884人、行方不明者2,633人(wikiより)。多くの犠牲者を出しました。死者のおよそ9割が津波にさらわれ、水死したとのことです。未だに行方不明で見つかっていない人が大変多く、家族の立場になってみると、とても辛いものがあります。ずっと、ずっと「どこへ行ったの?」と海岸線を探し、彷徨い歩いていかなければならない。想像しただけで恐ろしい。そんな苦しみがこれからも続くと思うといたたまれません。

 津波は恐ろしい。南三陸町の防災対策庁舎は鉄骨3階建てです。その庁舎を丸ごと飲み込むような津波がやってくるなど、誰が想像できたでしょう。僕はアパートの2階に住んでいますが、津波がこの高さにまで達するなどと考えたことなどありません。当時「想定外」とはやり言葉のように使われていたのが、わからなくもない気がします。僕は被災地に住んでいるのでなく、遠く離れた九州の地に平和に過ごしていた訳ですが、震災の印象は強烈なものでした。見たこともない津波の到来に逃げ惑う恐ろしい夢を何度も観ました。あんなものを実際に間近に見た方々は今もなおそのトラウマに悩まされているのではないか、そう思うとやりきれません。

 数知れない悲しみを残した上に、震災は未だにその収束に向かっていません。振動と津波は、とても厄介な問題を残していきました。福島第一原子力発電所の事故です。炉心融解を起こし、放射性物質が外部へと放出されました。最悪の事故です。そのために避難を余儀なくされた人々がいます。福島は未だに見えない恐怖との戦いを続けていますし、東北全体が余震におびえる、落ち着かない日々を送っていることでしょう。時折流れる地震速報に心が痛みます。
 
 朝から、僕の思想に満ちた文章を長々と書いてきましたが、途中でそんなものを書き連ねたところで、震災復興になんら影響を及ぼさないことに気づき、むしろ、それは人にとって有害な文章なので、削除しました。
 僕にできることは、ほんの少しばかりの税金を納めることです。それにより、住んでいる町が、暮らしやすくなることを願うことです。消費増税により、復興が進み、暮らしやすい街になるのであれば、僕は喜んで税金を払います。それを義務として、あまり文句を言わないように、一応働くつもりではいます。人の役に立てることが僕には働く以外にありませんので。

 本日3月11日に限って、震災のことを気にしている自分が恥ずかしいです。ただ、1日も早い復興を願っております。僕に直接できることはありません。ただ、祈ることのみです。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

短気

風邪なのか、花粉症なのか、いずれにしても鼻のアレルギー症状が一向に改善されぬまま、夜を迎えた。日付の越境を目前に、1秒先の完治を心待ちにして、そのじれったさにストレスを感じながら、西村賢太の小説を読んでいた。鼻水が絶えず流れ落ちてくるため、散り紙を丸め込んで粗雑に拵えたものを、コンプレックスを常時噴出させている、他人に比べると広く大きい、10円玉が余裕で入り込むような不必要に前を向いた鼻の穴に突っ込んで栓とした。それでもしばらくすると鼻栓は滝のように流れ出る鼻水を吸い取り切れず、堰を切ったようにポタポタと汁を通過させてしまうのだった。それが本の上に垂れた時、僕は独り怒気を含んだ呻き声を上げ、ティッシュでそれを速やかに拭い、シミになっていないか確認した。

明日に希を託すようなことはしたくないが、あと30分余りで自身の健康状態を良好に持っていけるという確信が持てない。いや、日付変更まで僕は頑張ってみるつもりだ。諦めず、僕の体内の免疫力を極限にまで高め、この風邪とも、花粉症とも取ることのできない、症状を鎮静化するつもりだ。

大学時代、ある国の集落の人々が行なう儀礼について学んだことがある。今にも死にそうな精神状態の人が、儀礼により、生気を漲らせた人間に回復するというものだった。そうした例もあるくらいだから、僕は人間の精神と肉体の神秘的な働きを信じて、こういう時こそ、あらゆる神々をも都合よく呼び出し、全力で快癒を祈るのだ。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

今日の昼食



昼食メニュー
・ご飯
・味噌汁
・納豆
・レンコンのキンピラ
・ペペロンチーノ
・ナポリタン

これ一人での食事である。炭水化物ばかりだな・・・。でもまあ、レンコン以外はすべて平らげた。ダイエットはどこへ行ったのだろう。

他人のシフトを引き受けて、5連勤になり(5連勤は普通かもしれないけど、今の仕事を始めてみると5連勤は珍しいものとなった)、しかも睡眠不足で働いたため、今朝目覚めると喉の辺りに違和感を覚えた。その小さな萌芽が次第次第に成長し、夕暮れの今になって、風邪の症状を僕に引き起こしている。鼻水が止まらない。

こじらせたら大変だ。僕はミキサーに入るだけ野菜(ブロッコリー、にんじん、トマト、玉ねぎ、バナナ、リンゴジュース)を詰め込んでジュースを作った。栄養さえ摂取したら、風邪など引かないはずなのだ。出来上がったジュースを飲むと激烈にまずかった。僕は躊躇った。一気飲みするつもりだったが、覚悟が鈍ってしまった。意を決し、再びジュースを飲もうとコップを傾けたが、口に入って来ない。どうしたものかと眺めてみるとドロドロのジュースが、しばらく放置したためにゼリーのように固まってしまっているのだ。仕方なく、600mlの野菜のゼリーをスプーンで一口、また一口と食していった、時折麦茶で飲み下しながら。飲み終わると、嘘か真実か、風邪のひき始めに効くと謳われている葛根湯を飲んだ。しかし、まだ症状が改善されない。飲んだら一瞬で治るのではないのか?仕方ないので、夕食を作りながら様子を見ることにしよう。

それにしても今日は食事作りばかりしている。年の離れた女房が、その友人に「旦那はどんな人か?」と訊かれた際に「家事をなんでもしてくれる」と言ったのもわかるような気がする。ただ、その年上の女房に言わせると「僕は楽しい、楽しいと言って料理を作りまくるのはいいけど、作ったあとに、疲れた、と言って動けなくなってしまうから、後片付けもしてほしい」そうだ。確かに食事を作ることに全神経を集中させるから、作ったあとの疲労感が半端なものでなく、指一本動けなくなってしまうのだ。食事を作った後の決まり文句は「疲れた。洗い物は明日やる」である。

記事を書いている間に風邪が治るかと思ったが、一向に治らない。僕は1分1秒と待ってられない。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

引き潮を眺めて

kouennoki.jpg

 18時間半の拘束はさすがに堪えた。昨日出勤した瞬間、その日初対面の入居者がお見えになって、いきなり、あらぬ疑いをかけられた時は驚いた。いや、もはや驚く事ではないのだが、僕が困惑していると、他のスタッフが駆けつけて来て、フォローしてくれた。が、それだけでどっと疲れてしまい、「これから始まる18時間」のことを思うと、凄まじいめまいに見舞われた。額に嫌な汗を滲ませて、とにかく一つ一つ仕事を片付けることのみ考えた。

 ざわつく胸に一つの胡桃を投下して、何もかもを消し去りたい衝動に耐えながら、外見上は(僕に対しての上司の評価によると)「淡々と仕事をこなしていた」だろう。無表情だから、僕のことを冷静だと言ったり、ぶっきら棒な人間だと思う人もいると思うけれど、なんでもない、ただ心の小ささを表に出したくないだけなのだ。器が小さいから、すぐに容量を満たしてしまい、混乱する。狭量だから、他の人の言うことをすんなり聞き入れられない。それを察知され、相手の機嫌を損ねるのが怖いから無表情で黙っているだけの、小さな人間なのだ。僕の頷きには「了承」とか「同意」などの意は含まれず、ほとんどは聞き流しているに過ぎない。

 「抗不安剤」を持つことは、ひとつの安定作用がある。飲まなくても、持っているだけで、後ろ盾があるような気がする。本当に困った時だけ飲もうと思っている。困ったら助けてもらえると思うと、それだけで気持ちは楽になる。怖いのは頼りすぎることだ。頼り過ぎて、『トランキライザーの海』に溺れることのないように、薬はずっとバッグの中の薬袋に仕舞ったままだ。簡単には開けないぞ。包みを開けないからこそ、お守りとしての効力を発揮するのだ。就業中、何度も何度もバッグの方へ目線を投げかけるが、「まだまだ飲むほどではない」と耐えるのだ。そうすると、次第次第に耐えられるストレスの上限値をほんの少しずつだが、上げていくことができる(ような気がする)。それにより頭髪は異常な速度で抜け落ち、顔は凄まじく疲れてゆくが、僕は少しだけ強くなった気になれる。

 明晰さが一番だ。薬に頼ったぼんやりした頭では何もできない。と今は思っている。でも、薬に頼りきっていた当時一番状態の悪かった時のことを省みると、そんな簡単なことじゃないとも思う。明るく元気な人のことを見ると「嘘で塗り固められた人間」と思って、歪み切った瞳で見ていたことを思い出す。当時の僕は今の僕を否定し、再び引きずり込もうとするのではないだろうか?今でさえ、いつ発作が起こるとも限らず、常に怯えている状態であることは否めないのだ。

 夜は明けた。いつもならば、立ち上がりの際に足に力を入れて、自分の体重を支える努力をしてくれる入居者が、近頃の体調不良で、まったく力を入れてくれず、ほぼ全体重でもって僕にぶら下がった時は、全身がプルプルと震え、僕の眠らずの肉体を確実に破壊へと近づけた。申し送りの際に、そのことを伝えると他のスタッフが「Tさんがつらいなんて言うと、他の人はもう立ち上げることなんてできないよ。私なんて、もう重すぎて持ち上げきれないから」等々言っていた。介助技術というのは、介護を受ける人の側の肉体も利用(支点と)して、負担がかからないように立ち上げたりするものだと思うのだが、地に足をつけずにぶら下がるような人を相手にすると、もうそこには技とかはなく、単なる力任せの業が待っている。夜勤明けの体には堪えた。

 帰宅し、すぐにシャワーを浴びた。体にうんこの臭いが染みついているような気がするから、仕事から帰るとすぐにシャワーを浴びるのが習慣となっている。幾度臭いのしない仕事を夢見たことだろう。けれども、どんな仕事も何かしら汚れることは心得ているつもりだ。
 食事を済ませると、コタツに横になった。意識を失い掛けていたら、何か言われて、現実世界に引き戻された。彼女(嫁さんと言った方がいいのか)が、ベッドに寝てよ、と言っているのだった。僕は「疲れた」と消え入りそうな弱音を一言吐いて、ベッドにもぐりこんだ。いつかこうして永久に目を閉じるかもしれない。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

眠い

たった今夜勤中で僕はとても忙しく、指一本すら自由にならない状況である。明日は人手不足でスタッフが一人いないため、夜勤明けの僕は通常の9時半でなく、11時まで働かなければならない。あんまりだ。

忙しいので、そろそろ横になって寝よう。いや、仕事をしなければ。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

本当は休みのはずだった

ある気がかりから3時間ほどしか眠れなかった。午前4時の暗がりの向こうに信号機の移り変わりを、ギラギラとした目で見ていた。6時を過ぎるとベッドから抜け出し、顔を洗い、服装を整えて外に出た。駅まで散歩した。散歩とは言ってみたが、それには目的があった。けれども、ちょっと込み入っているし、とても眠く疲れているので、省略する。とにかく、この散歩で1日の体力の大半を消費していたはずだ。

アパートに戻って、洗濯をした。朝食を摂ったあとにコインランドリーに行った。洗濯物が乾燥機の中で絶叫している間に、家に戻った。その時、時間は9時半だった。電話がかかってきた。見知らぬ番号だった。

「おや、誰だろう」

と根拠はないが、何かしら期待して通話ボタンを押した。相手は職場の人だった。何やら苦しそうな上に今にも泣き出しそうな声をしている。ああ、出勤か・・・。

要件はこうだ。体調が悪く、勤務が厳しいから、夕方の2時間だけ出勤してくれないか、ということ。

僕「2時間だけでいいんですか?体調悪いなら、全部代わりますけど」

後になってラインという腑に落ちない連絡ツールを用いて聞いてみた。すると相手は今日は休むことになったという。

相手「11時から出勤するかどうかを自分は決められないから、もし可能であれば職場に確認してほしい。でも、2時間ということなので、2時間でいいのではないか?」

僕「そうすか。じゃあ無理せず2時間ということにしときます」

とは言ったものの、今日はやることがあって、忙しそうだから、欠員が出たら厳しいのではなかろうか。2時間だけでいいや、と楽をしたい気持ちがある一方、気が咎めてもいた。気付くと職場に電話をかけていた。

確認した結果、11時から出勤可能であれば、出て欲しいとのことだった。慌ててコインランドリーの洗濯物を回収しに行き、炊飯器に米をセットして、出勤した。

睡眠不足は堪えた。勤務中、気が遠くなったし、めまいもし出した。記録を書いている途中、気づいたら落ちていた。

職場に連絡をしなければよかった。気が咎めたと言っても、今日僕は本来ならば休日で好きなことをしているはずだった。ああ、1日が長い。長かった・・・。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

事件

疲れた。帰宅して、食事を作る余裕がないと甘えた気持ちになった。久しぶりに外食に行くことにした。回転寿司は本当に久しぶりだった。やはり寿司は好きだ。帰宅すると凄まじい喉の渇きを感じた。寿司と言えども、塩分は家庭料理のそれよりも多いのだろう。帰って麦茶をごくごくと飲んだ。

ボロアパートに着くと、集合ポストに封筒が入っていることに気付いた。



婚姻届が出され、受理したが、本当にいいんだな?という通知だった。それにしても、こうした手続きも「事件」として扱われるのか。知らなかった。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

高校時代の担任の先生

 色々考えていたら、高校時代のことを思い出した。

 高校時代から僕は元気がなかった。いや、小学生の頃から元気のない少年で、よく学校を休んでいた。学校を休んで、部屋でゲームをしたり、そうでなければ寝てばかりいた。学校はあまり好きじゃなかった。特に高校に通うのは苦痛だった。入学してから、親しい友人はあまりできなかった。友人を作りたいとは思ったけれど、うまく話せず、変な目で見られることが多かった。今のスマホのアドレス帳に、高校時代にできた友人は一人も登録されていないという驚くべき結果となってしまった。そんなこんなで、友人ナッシングの教室に3年間通うのは、若い僕にとっては苦痛以外の何者でもなかった。毎日起きると頭痛がし、行きたくなかった。3年間を通して、60日以上学校を欠席し、遅刻も多かった。60日以上休んだけれど、僕なりにすごく頑張ったと思っている。本当は辞めたかったから。そしたら今頃、中卒無職童貞住所不定友達ナッシングだったかもしれない。

 Tの母校T高校。ほとんど授業が終わり、残り1時間だけ出席するということがあった。そんな日は「おい、T!もう休みだと思ったぞ!」と身長180cm体重100kg超の柔道家の担任の先生に凄まじく掠れた声で言われた。
 その担任の先生にはよく怒られた。放課後に部室で麻雀をしていたら、他の部員たち(全員中学から友人)には何も言わいのに、僕にだけ「T!お前は欠席ばかりしているくせに、こんなに寒い放課後、日も暮れているのに、こんなところで麻雀なんてやりやがって!お前は明日から学校なんて来るんじゃねえ!」とほぼ呼吸音のような掠れた声で叱りつけるのだ。翌日、僕は朝から学校に行った。なぜかって?それは負けたくなかったから。先生に怒られたくらいで学校に行かない弱い自分でいたくなかったから。ホームルームの時間は進路の話になった。先生はまず初めに「T!お前の将来の職業が決定した!お前は雀荘の店主になるんだ!」と喉を握り潰されたようなかすれ声で言われた。なんだかんだ言って、先生は生徒のことが心配だったことを僕はよくわかっている。
 先生は家庭訪問に行く途中で立ち寄った高速道路のサービスエリアの便所で血を吐いてぶっ倒れたことがあった。そのまま救急車で運ばれ、入院した。その報告を学校で聞いた時、僕はもっと真面目にやるんだったなあ、と少しだけ後悔したんだ。

「あの先生は偉かったぞ。お前の成績が5000番も落ちた時、すぐ家に駈けつけてきたんだぞ!それに比べ、妹の中学の時の担任はクソみたいなやつだったなあ。あいつは重要なことは何も言わないんだ!」

 父親がそう言っていたのを思い出す。

 厳しいことを言われたけれど、僕は先生に感謝している。数年前に母校のホームページを見たら、まだ先生は先生を続けていた。部活のページを見た。柔道部の顧問が先生でなくなっていたのを思い出す。ああ、新しいマッチョな先生に顧問を譲ったんだな、と思った。そして、他の部活のページも観た。卓球部が復活していた。当時、僕たちの不祥事でぶっ潰してしまった卓球部が、活動していた。よかった。野球部も活動していた。野球部の顧問も当時とは変わっていた。

「ねえ、先生。なんで柔道家の先生が野球部の顧問になっているんだい?」

 僕はそんな疑問を残して、母校のホームページを閉じた。


 疲れたなあ。今日は仕事で疲れた。はよ寝よう。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
プロフィール

たびびと

Author:たびびと
こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
時間がいっぱいあるので、ブログ始めてみました!

広告
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
02 | 2014/03 | 04
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR