今年はお世話になりました

 今年は大宰府天満宮のおみくじで大吉を引いた瞬間に運を使い果たし、その後は細々と生活していた僕だったが、なんとかこの2013年を終えられそうだ。周囲の人々には本当にお世話になった。

「お米がなくなると送ってくれる家族、悩む度にSkypeで話を聞いてくれた遠くに住む友人、職場の人たち、アパートの管理会社の社長、隣のおじさん、ヤマダ電機の店員さん、ブログを読んでくれた方々、大切な人、本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします!」

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 さて、近くの神社に行って来よう。

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年越しそば



 呼子で買ってきたイカをフライパンの上でじりじりと焼いた。イカは死してもなお、体を丸め、抵抗を止めなかった。仕事納めを終えて帰宅し、疲労を抱えた僕にイカは丸くなって何かを訴えようとしていた。僕は何も考えずにイカを食べた。

 夕食は夕食としてふつうに食べたけれど、それとは別に僕は年越しそばを作って、4杯も食べた。



 大晦日。家賃の支払いは済んだ。大掃除は中途半端だった。仕事は済ませた。年越しそばを食べた。すべてが無事済んだ訳ではなかったけれども、大晦日を迎えることができた。

 明日は仕事始め。2014年の新しい気持ちで、仕事に行こうと思う。

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糸島~牡蠣小屋~



 糸島、二見ヶ浦。

 海はどこまでも続いているようだった。どこまでも広く、大きい。潮風が頬に当たる。波の音が胸に沁みる。なぜか感傷的になる。曇り空の下の海はとても切ない。

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 カキを食べにやって来た。牡蠣小屋というものが糸島市には沢山あるようだ。ここは船越の牡蠣小屋。牡蠣小屋8件が並んでいた。どの牡蠣小屋にするか迷うところだ。だが、おそらくどの小屋でも新鮮なカキが食べられる。文句なしにおいしいだろう。それで入ったのは『服部屋』というお店。
 小屋に入る。だが、店員たちは反応しない。店員に聞いてみる。「あ、えーと、ここで食べたいんです」と、ここでもコミュニケーション能力の乏しさを前面に出して、顔を真っ赤にして聞いてみる。「まずは空いている席にどうぞ。それから注文に伺います」と言われる。ルールを知らない。僕は何も知らん子ちゃん。
 僕が以前行ったことのあるところは唐泊(からとまり)の『恵比須カキ』。そこは最初にカキ盛り皿を選んで購入してから、席に着くシステムだったと思う。小屋によってシステムが違う。というより、勝手に席に着いていい、なんて思ってもみなかった。
 カキ焼き、カキフライ、かき飯にカキ入りの味噌汁。どれもおいしかった。

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 白糸の滝。滝の流れ落ちる水をきれいに表現しようと思ったけれど・・・さすが素人だ。写真とはなんなのだろう・・・。うまく撮れた写真を載せたいのになあ。センスがないんだろうなあ。

 今年もあと2日。今日ももうすぐ終わろうとしている。明日で2013年が終わる。明日は仕事納めだから、頑張って働いて来て、家で年越しそばを作って食べるんだ。

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住人のモラル

 酷いものだった。夜勤から帰って来て、僕はびっくりした。というより呆れ果てた。僕の住んでいるアパートのゴミ置き場が空き缶の山で埋め尽くされていたのだ。年末のゴミが捨てられないほど、空き缶はゴミ置き場を占領している。

 市が回収に来るのは可燃ごみだけだ。それ自体も問題があると思う。生活から出るゴミは、可燃ごみだけではないから。ビン、缶、ペットボトル、段ボールなどのゴミも出るにも拘わらず、市は回収を行わない。最近まで市役所で回収を行っていたが、それもいつからかなくなってしまった。何の通知もなしに。だから、どこに捨てに行けばよいのかわからない。僕は自分で歩いて、ビンや缶などを回収している場所と曜日を調べたけれど、自分で市役所に問い合わせるのでなく、市役所側が市民に通知すべきことだったと思う。市に責任のすべてを押し付ける訳ではないが、対応に問題があるのは確かなことだ。こちらは働いて、税金を納めている。少しでも住みやすい街になってほしいと思うのは当然のことである。

 それよりも、このアパートの住人のモラルが問われる。一体なんなんだ、このアパートの住人たちは。退去する際に必ずと言っていいほど、めちゃくちゃにゴミを放置していく人間ばかりだ。他人の迷惑を全く省みない。もう呆れるしかない。
 僕はゴミ置き場の惨状があまりにも見ていられなかったので、管理会社に電話を掛けた。なかなか電話に出ない。だが、僕は「休みとは言わせない。必ず電話に出てもらうからな」と勢い込んで電話を鳴らし続けた。数十秒の後に「はい、〇〇不動産!」といかにも不機嫌な調子に電話向うの声が答えた。

「あの・・・〇〇号室のTですがゴ・・・」

「ゴミ箱のことでしょ!」

 僕が喋り終わらないうちに、イライラした調子で、社長は答えるのだった。もううんざりなんだよ!と怒鳴り出さんばかりに「回収しようにもね、ゴミ処理施設が年末で閉まっていて、置き場がないんだよ!今日出て行った(退去した)ヤツが置いて行ったみたいだから、連絡して回収するように言ったところだ!回収しに来ないなら、撤去は年明けになるよ!本当に迷惑な奴で申し訳ないがね!」と怒鳴り散らすように言う。僕は怒られたような気がしてならなかった。

「それじゃ!」

「あ、すみません、それと・・・」

「何!?」

「通路の蛍光灯が切れているんです。どうにかしてください」

「あなたの部屋の前のね!それは年明けになんとかするよ!それじゃ!」ガチャッ!

 家賃が安いと、住人のモラルの低下は防げないのか?隣のおじさんは駐車場の領地をさらに拡大し、車を大幅に後退させて駐車し、バーベキューをするほどにまでなってしまった。物音も騒々しさを増している。もはや好き放題だ。ゴミの件だけでなく、この駐車場を占拠しようとしているおじさんの件で、誰も苦情を言わないのが不思議である。いや、苦情があったかもしれないが、管理会社の対応が甘いのかもしれない。以前の不審人物の迷惑行為の際には「ダミーの監視カメラを設置する」と口約したものの、それから2年以上の歳月が経過したのに、一向にカメラを設置する気配がない。住人にも問題があれば、管理会社にも問題はある。管理会社はなぜ、迷惑行為ばかりする人間を入居させたのだろうか?まあ、入居してみなければわからないと思うけれど。

 僕は割と真面目にゴミの処分のルールは守っているし、家賃の滞納もない。しかし、他人にどう思われているかはわからない。もしかすると、他の住人から「キモイ」「臭い」「汚い」などと苦情が上がっているも知れない。僕が「ヤクザな仕事しかしない」「対応が甘い」などと陰口を言っている、イラつく管理会社の社長は「彼は(キモイかもしれないが)犯罪者ではない」と僕を擁護してくれているかもしれないのだ。

 僕は僕のいないところで起こっている出来事、つまり真実というやつが知りたい。

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雪の匂い

「雪の匂いがする」

ゴミを捨てに外に出たスタッフがそう言った。

「雪の匂い?そんなのしますか?」

「私、季節の移り変わりに敏感で、そういうのがわかるんです。気候の変化で頭痛くなったりするんですよ」

「そうなんですか(僕も頭痛くなるけど、父親に天気のせいにするなと言われたから、僕は天気のせいにはしないんだ)。僕も雨の匂いとかはわかりますよ。でも、雪の匂いなんてあまり気にしたことなかったな」

しんしんと降る故郷の雪のことを思い出していた。確かに雪の匂いがしていたような気がした。雪が降る時、僕は気分が高揚する。夜、パジャマ姿に裸足、見るからに寒い姿のまま、サンダルを引っ掛け、外に出る、上を向くと絶えることなく、雪の降ってくるのを眺めたものだ。暗闇から、その白は次々と姿を現し、頬に落ち、額に落ちて溶けてゆく。その冷たさが心地よかった。思い出すと確かにしてくる雪の匂い。

春の陽気、夏の日照りと雨、秋のキンモクセイ・・・確かに季節の移ろいには匂いがある。時間帯にも、天候にもそれぞれ匂いがある。

なぜ、信州の冬は澄み渡っていて、心地よいのだろう。僕はここ九州での冬がキツい。凍える寒さに負けそうだ。なぜ、ここより寒いはずの故郷の冬は平気だったのだろう。

僕はもっと匂いを気にかけてみようと思った。外では雪の匂いがしているという。僕は外に出てみたい。だが、夜勤が終わるまでは我慢しよう。室内では残飯と消毒液の匂いと、うんこの臭いがする。それから僕の焦燥感の匂い。胸がざわついて、鼻を突くような紫色をした匂いがする。

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ハトを撃ち落す

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 1日中眠くて何も手につかない。午前中に近くの神社に生えている楠の木の写真を撮りに行ったが、体がきつかった。飛んできたハトにカメラを向けると、手が震えた。ハトに接近して撮影しようと思ったが、用心深いハトで、かなり距離があるにも拘わらず、逃げてゆく。近寄ることは諦めて、しゃがみ込んで、撮影していた。屈むのに疲れてしまい、立ち上がると、ハトが飛び立つと同時に立ちくらみがした。飛び立つチキンなハトを撮ってやろうとして、カメラをその方向に向けながら、映画のA.シュワルツェネガーのように力任せで、投げやりな感じでシャッターを押した。もうめちゃくちゃだ。写真とは一体なんなのだろう。

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右下の方にハト(らしきもの)が写ってるな。液晶も見ずに撮ったが、その時の姿はおかしなものだったろうなあ。

 家に帰り、撮った写真を見返したが、楠の木の写真なんて1枚もなかった。僕は何をしていたのだろう。

 ここのところ、昼間に働いた記憶がない。2週間近く、夜間の仕事ばかりしている。休みの日の昼間は何かを考えようと思っても、何も考えられず、目を開けたまま眠っているような状態になって、日が暮れていたりする。今日はどうやら洗濯だけは済ませていたようだ。

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Knockin' On Heaven's Door

 急に出勤しなければならなくなり、気分が落ち込んでいた。その夜勤も終わり、家に帰って来てひと眠りしたら、置き去りにしていた気分の高揚が蘇りつつあった。
 昨日の夕方、職場から連絡が来る前のことだ。来年4月、僕はある人物に逢えるかもしれないということで、ドキドキしていたのだった。この機を逃してしまったら、一生会えないかもしれない人物の公演チケットを高額だったが躊躇いなく購入し、舞い上がっていたのだった。クリスマスの日の昼に先行予約発売されたチケット。僕にとって高額なチケット。2時間ほどの公演にはおそらくそれ以上の価値があると思って。

 僕がライブに行くことなどあまりない。人の多い場所が苦手で、苦しくなってしまうのだ。通勤の満員電車の中で、何度発作に襲われたことだろう。昨年、たった一人でTSUYOSHI NAGABUCHIのコンサートに行ったのは奇跡的だった。その際は頓服の精神安定剤を服用し、頑張った。脂汗がじんわりと厭らしく衣類を湿らせてくるのに耐え、周りのファンに圧倒されつつ、控えめに拳を振り上げていたのを覚えている。楽しまないと損だ。

 お金はある程度までなら惜しまない。それによって得られたものが期待を裏切るものであっても、別にいい。それよりも、何もしないことの方が悔やまれる気がする。失敗は後々教訓や笑い話になるが、何もしなければ何もない。僕は引きこもりの傾向がかなり強いけれど、外に出て、世界を観てみたいとも思っている。それは苦しいから、逃げ腰なことが多いけれど。想像も楽しいが、実物を見てみたい。だから、ゴッホに逢いたいし、山の頂上に立ってみたいのだ。

 来春、ライブに行くという目標ができたから、それまでは仕事を頑張れるかもしれない。来年4月までは頑張って生きないといけないなあ、と思う。4月までは予定で埋まっているから。1月は実家に帰るし、ちょっと忘れていたけれどライブに行く予定もある。2月は旅行の予定。3月は・・・何もないや節約期間かな。4月はライブ。頑張ろう。

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クリスマスプレゼント

非常にテンションの下がる一本の電話があった。これから出勤しなければならなくなった。職場からの厄介なプレゼント。

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クリスマス

 市指定のゴミ袋がなくなってしまっていた。明日の昼食も買う必要があった。TSUTAYAに行き、ドラゴンボールの映画を借りた後、スーパーで買い物をした。家にはニンジン、玉ねぎ、ジャガイモがあった。夜はカレーにしようと思って、冷凍庫の豚肉を出した。カレールウを買うつもりだったが、カレーの陳列された棚を見ていると、クリームシチューが気になってしまった。結局、クリームシチューにすることにして、鶏肉を買い足した。鶏肉はいつもより高い気がした。
 一つだけ空いているレジがあったのでカゴを置いた。そこには感情を欠いたレジ打ち女性がいた。眼が死んでおり、完全なるセリフの棒読みが始まった。今日はいつも以上に感情を欠いており、セリフの棒読みが早送りのように聴こえ、何を言っているのか全くわからないほどだった。「いらっしゃいませこにちはぁカーダーあ持ちですかあ箸はつけますかぁ・・・〇〇円になりますぅ〇〇円お預かりしまぁそ釣りは〇〇円でさりがとうございました」と全く句読点を使わずに会計処理を済ませたのだった。

 家に帰ってドラゴンボールのDVDを観た。もう少しで決着というところで、急に映像が途切れ、「ディスクが読み取れません」と表示される。何度見返しても、同じだった。仕方ないので、またTSUTAYAに行くしかない。残念だ。こういうことが多いなあ・・・今日はクリスマス、ひと手間のプレゼント。

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クリスマス・イヴ

 入居者の口にスプーンを持っていく。入居者は口を開ける。スプーンの上にはとろみをつけた水。とろみのついたプルプルと揺れる水に、入居者の顔が映っている。この反射する顔(口が大きく映り、目は小さく幅が狭い、台形のような顔)を見て、笑いが堪えられなくなり、入居者の口にスプーンを運びながら、ずっと下を向いて、顔を真っ赤にしたのだった。

 その入居者が朝起きてきた時、僕があいさつすると「頭がきれいだねえ」と言った。その入居者を連れてきた女性スタッフが「ツルツルできれいですねえ。ワックスを塗って、頭を磨いているんですよ」と説明していた。僕は疲労からテカテカになり、中年男性が発する脂のような臭いを中学時代からすでに漂わせていた(中学の頃から妹におじいちゃんの臭いがすると言われていた)頭部がさらに脂でギラギラとなっていくのを感じながら、「え、あ、っは、ううああうああ」と言葉にならない声を出した。

「これからもその髪型で行くの?」

 そう言われた。これからも何も、僕には髪がないのだから、仕方ない。これからもハゲのままだ。

「1週間くらい伸ばしてみてよ」

 そう言われた。ないものは伸びない。

「今はおしゃれで坊主にする人っているよね」

 そう言われた。おしゃれでなく、ハゲているだけだ。ハゲたくてハゲた訳じゃない。ただ、僕は料理に髪の毛を一本も入れずに提供する自信がある。にもかかわらず、飲食店でバイトをしていた頃、料理に髪の毛が入っていたという理由で、手つかずのまま返ってきたことがある。そんな時、テーブルにまで出向いて「入るはずがない」と言いたかった。

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天皇誕生日

寒い。九州北部は今年一番の寒さを観測したそうだ。どうりで寒い訳だ。僕は11時まで布団から出られずにいた。布団から出てトイレとシャワーを済ませてすぐにまた布団に入った。この暖かな寝床で一冬越して、春になったら出てきたい。

今日は天皇誕生日。80歳の誕生日を祝って。

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5年使ったマフラー

かぽーん

体が冷える。温泉に連れて行ってもらった。温泉は素晴らしい。体が温まるだけでなく、肌もツルツルになる。僕の剃り上げた頭部が一段と輝きを増した。温泉は後世に残したい日本の風景だ。

昨日、今日と外出したのだが、やはり休日だけあって、人が多かった。クリスマス前で、プレゼントを選ぶ人もいたことだろう。
僕は既にプレゼントを買ってもらった幸せな日本の青年の一人である。素敵なマフラーをもらった。店頭で、そのマフラーを見て「いいなあ」と思った。僕は鏡に映る自分を見た。そこには紐のようなものを首に巻きつけた自分が映っていた。売り物のマフラーに比べるとあまりにも可哀想な、紐のように細く、伸び切ってだらけた印象のマフラーだった。僕はその紐のようなマフラーを気に入って5年以上使っている。しかし、店の鏡に映ると酷くみすぼらしかった。安物の使い古しと、店頭の売り物はやはり違うなあ、と思ったのだった。使い古したものには愛着があるけれど。そして、その二つのマフラーにあまりの差を認め、劣化に継ぐ劣化により紐のように細くなったそれを身に纏った物乞いのような僕を見て、彼女は憐憫の情から、素晴らしいマフラーを買ってくれたのだった。

ある用事があって電気屋に行った。僕はそのついでに一眼レフカメラのコーナーに行き、「いいなあ、いいなあ」と言いながら全力で眺め、触り、ファインダーを覗き込んでいたら「早く行くよ!」と怒られた。さすがにダメだった。いつか僕は一眼レフカメラを必ず買うんだ。

「私は必ずカメラを買うんだ。私は必ずカメラを買うんだ。私は必ずカメラを・・・」


去年2月頃のマフラーと僕。病的で疲弊した笑み。週6日で1日14時間ほど拘束されていた時期で、たくさん薬を飲んでいた。バイト先のリニューアルオープンに伴い少しの余暇を利用し、旅行中。この後、少ししてバイトをクビになった。

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体が重く、膨張してる

腸に違和感がある。下痢だ。この夜勤中に・・・。昨日は胃が痛かった。時間が経つに従って、下に降りてきている感じがする。
腸が張ってる。お尻を拭いたら血がついた。もうあれだ、こういう体調の崩し方ばかりしているから、先のことを考えてしまう。できるだけ、負担の少ない仕事がしたい。5000万円でいいから、無利子、返済期限は見通しが立ってからという条件で、誰か貸してくれないかな・・・。

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モグラのように



昨日は風呂掃除、洗濯をし、寒い部屋(エアコンでは暖まらない)で作業をし、ケーキ屋さんを回るなどして、体が冷え切ってしまった。そのためなのか、胃がずっと痛くて呻いていた。

今日も寒い。寒くてたまらない。7時過ぎには起きていたが、8時半頃に布団からやっと出た。アスファルトに投げ出されたモグラのように「キューッ」と悲鳴を上げながら、軽い朝食を済ませた。幸い胃痛は治まっていた。シャワーを浴びた後、全裸の体に服を着た瞬間にベッドに潜り込んだ。僕はモグラなんだ。やはり土の中が落ちつく。

今日は夜勤だから、朝はゆっくりできる。土の中でじっとその時を待とう。出勤の時になって、寒さと仕事嫌いとで、行きたくないと思うのは自分でも承知しているが。

人間も冬眠したい。春から秋にかけて働いたから、冬は自宅でゆっくり過ごしたい。僕の心は怠けてる。

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風呂掃除~カビとり~

 最近、浴室(トイレ)の黒カビが幅を効かせてきている。少し油断すると壁に小さな黒い点ができて、放置していると無限の広がりを見せる。年末だし、掃除もしないといけないので、今日は風呂掃除をすることにした。

 まずは、カビとりをしないといけない。商品名は伏せるが、カビとり剤を浴室の天井、壁など可能な限り隙間なくスプレーした。呼吸器官にその飛沫が入って来たらしく、咳が止まらなくなった。そのうち、頭痛がし始めた。具合が悪くなってしまったので、浴室から出て、しばらく座り込んでいた。胃も痛い。

 カビとり剤で黒カビが悲鳴を上げている間に、僕は悩ましい頭痛に耐えて、煙が出る防カビ剤を買いに行った。それにしても今日は寒い。ダウンジャケットを着て出るしかなかった。しかし、店内は温かいものだから、ダウンジャケットを着ていると汗が出てきた。そんなに暖かくしなくてもいいと思うが・・・。

 帰宅後、黒カビが除去できていない箇所はスポンジで擦りとり、シャワーで洗い流した。天井を流していたら、塩素の雨がスキンヘッドの頭部に降り注いできた。ううああうああ、と悲鳴を漏らしながら、なんとか風呂掃除を終了した。そして、煙の防カビ剤を発動した。



 これで大掃除の一つが完了した。

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ご冥福を

 知らせが届いたのは今朝のことだった。のどに痰が絡んだことが死因だったそうだ。昨日の亡くなったとのこと。生命は僕たちを速やかに運び去ってしまう。

 その女性は僕が働き始めた頃より、ずっと前からその施設で生活していた。要介護度5、寝たきりで、食事も入浴も排泄もすべてにおいて介助を要した。「故郷に帰る」というようなニュアンスの言葉を辛うじて聞き取れた。ずっと帰ることを夢見ていたはずだ。

 部屋を訪ねると、女性はまっすぐな瞳で、僕を見つめる。おむつの交換や、更衣などを済ませた後、僕は手を差し出す。すると彼女は僕の手を握ってくる。握手。僕は「ありがとうございました」と、力任せで下手な自分の介護技術に耐えてくれたことに対して、いつも感謝した。寝たきりで、すべてにおいて介助が必要ということは、それが嫌でも断ることのできない辛さがあったと思う。自分でできることなら、自分でしたかったろう。誰かにやってもらうことは一見楽なように思えるが、僕は女性の側の気持ちを少し考えてみると、それは辛い気がした。知らない人たちに面倒を見られる。それは申し訳ないと思うよりも、恐ろしい気がする。

 ミキサーでドロドロにペーストされた原型を留めない流動食を食欲旺盛に口いっぱいに含んで、飲み込む姿を思い出す。口の周りをペースト状の食べ物で汚し、僕が「おいしいですか?」と訊くと、「おいしくなか」と残念な返答をすることが多かった。時折、「おいしい」と元気よく答えてくれる時は嬉しかった。

 女性は少し前に体調を崩し、入院していた。入院が長引き、施設を退去する運びとなってしまった。とても残念なことだった。入院し、療養生活を送っていた。息を引き取ったのも、その入院先でのことだった。だから、僕は女性の死に立ち合っていない。

 昨日から雨が降っている。空が涙を流して、女性を天に送り届けていく。明日、通夜が女性のふるさとで執り行われるそうだ。亡くなってやっと帰ることのできる故郷。そこには本当の空があって、本当の家があって、心の安らぎがあったはずだ。もう何も感じ取れない亡骸が寂しく送られる。死んだあと、わずかの時間でもいいから、この世に気持ちが残っていて、安らげる瞬間があることを願う。そして、僕は女性に感謝の握手を、この古く汚れの目立つアパートから贈る。「ありがとうございました」

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今日も仕事に行ってくる



特別何もない、何もしたいとは思わない、考えることすらしたくない、気分の重いような、寂しい日だ。少しばかり本を読み、シャワーを浴びて、またすぐに横になる。強制的にシャットダウンして、夜間の稼働に備えるだけの味気なさに、またしてもこれか、と残念がってみながら、おやすみなさい。

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薬を捨てたい

 昨日の職場での行事の疲れを持ちこして、今日も働いた。生活のための仕事で、また疲れた。

 職場の入居者がいきなり怒り出した。怒りのスイッチがなんなのか見当もつかない。物忘れすることが歯痒くて、自分に苛立っているのかもしれない。はけ口がないから、他人に当たるのだ。

 僕は一方的に怒られた。夕食後に薬を飲んで頂かないと困るのだが、その入居者は夕食だけはきっちり食べ終えて、プンプン怒って、早々と居室に戻ってしまった。僕は薬を捨てたかった。今日だけのことではない。僕はこの入居者が苦手で、はっきり言ってコミュニケーションを積極的にとろうとは思わない。怒られるのが嫌いだから、必要最小限の接触に留めている。必要のない時は物陰に隠れて、やり過ごすこともある。しかし、食後の薬は飲んでもらわないと困る。時には命に関わる薬を服用している人もいるから(まあ、その利用者は漢方薬だから、飲まなくてもいいんだがなあ)。

 薬を捨てたい。飲ませたことにして、薬を捨ててしまいたい。僕はもう面倒で、そう思っているのだが、実際捨てることはない。結局、僕はその入居者の部屋に行き、飲んでもらった。部屋を訪ねた際は、テレビを観て笑っていた。さきほど、顔を真っ赤にして怒り狂っていたことなど、1ミリも覚えていないだろう。

 結局は慣れかもしれない。僕はこの入居者が入ってきた頃はよく怒られて、かなり気が参っていた。だが、今は「また怒ってるよ・・・」と思い、無気力な調子で「そうなんですか?それはすみません」と感情を混ぜずに答えるのだ。イライラするが、それも最近では大分落ち着いた。その入居者の髪を引っ掴んで振り回してやろうとは思わなくなった。むしろ、この人は病気でかわいそうな人だ、と憐れむことの方が多くなった。かわいそうに。もうふつうの人としての生活はできないのだ。これから先、この人は狭く地獄のような場所に死ぬまで拘束されたままなのだ。

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悲しい白ウサギ

 職場でとあるイベントがあった。出し物で簡単な劇をした。僕はウサギに扮し、適当に劇中に立った。この劇は前日にやることが決定し、当日打ち合わせで臨んだ劇だったが、割と盛り上がったらしい。僕は緊張して、視野が狭くなり、周りを見ていなかったから、盛り上がったのかどうかはわからない。僕は行事というものが苦手で、ことに人が多く集まるようなものの中にいると酷く苦しくなってしまうのだ。このイベントについても非協力的で、何もしていなかったので、申し訳なかったけれど、なんとかウサギとして参加することができたのでよかった。

「まあ、このウサギというのはセリフなしでして、練習なしでもいけたんです」

 ウサギの役ということで、僕は昨日100均でウサ耳を購入していた。しかし、すでに職場で用意されていた。それに加え、体を白くするためにレインコートを着た。そして、僕はマスクを装着していたので、かつて話題になったパナ〇ェーブ研〇所を連想したが、先輩の男性スタッフは「原発作業員」と一言言ったのだった。確かにテレビのニュースで流れた原発作業員のようにも見える。彼らは今でも必死で働いているだろう。日本の未来のために。僕はそんなやりきれない宗教家、あるいは原発作業員のように肩を項垂れて、ウサ耳を装着し、舞台に立った。年上の女性スタッフが「カワイイ」と言って、僕のお腹をポンと叩いてきたのにはドキドキしたが、僕は自分自身の挙動についての考察を試みていた。ある一つのモラルについての瞑想、僕は時折そうした物思いに耽るのだ。

「これだけ色々な人がいるのだ、挙動不審な人もいるはずだ。むしろ、いない方が不自然だ」

 この世に挙動不審な人物がまったくいないこと、それは不自然だという考えに至っていた。挙動不審な人物の消去、それは限りなくつまらないことのように思えた。世の中、ふつうに行動できる人ばかりだったら、一体何を楽しみに人間を観察するだろう。あの人は今挙動がおかしい、と感じた時、その人物の心情を想像してみるだろう。しかし、おかしな人間がまったくいない場合、人の心の中を想像してみることなど夢にも思わないだろう。想像力の欠如。想像するから楽しいのであって、想像しないのは味気なく、想像できないことは限りなく悲しい。

 そうした考察を職場で行っていたかは疑問だが、気づくと舞台上から「ウサギさーん」と呼ぶ声がしたので、僕は「ピョン!」と一言言って、舞台に上がった。これが僕の唯一のセリフだった。ウサギが「ピョン」と鳴くかどうかは知らないが、それは北斗の拳で「プチ」と言って岩か何かに潰されて死ぬキャラクターのセリフと同じようなものだと思った。僕は「はーい」と返事をして飛び出すつもりだったが、あるスタッフがウサギなら「ピョン」と言うんだ、と言ったので「ピョン」と言ってみたに過ぎない。しかも、あろうことか舞台上の誰かのセリフと、僕の「ピョン」がかぶってしまい、僕の「ピョン」はかき消されたような気がした。僕はほぼ四足歩行で前かがみになり、不審な表情を隠し、舞台に上がった。僕は極めて不審な人物には違いなく、場が持たなかったが、幸いなことに劇はすぐに終了した。僕以外の人たちは堂々と演技をし、立派にやりとげた劇だった。悲しいウサギは早々と舞台上から降りて、ウサ耳を外していた。

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日帰り~呼子~

呼子(よぶこ)に行って来た。呼子と言えば、朝市とイカ。

毎日朝7時半から開催されていると言われる呼子の朝市。7時半に到着するためには5時台に出発しなければならないが、さすがにそれは厳しかった、夜勤明けで寝ていない上にさらに睡眠不足を重ねるのはまずい。僕たちは朝7時半に出発した。寒い朝だった。曇り空で7時だったが、辺りは暗かった。

呼子に到着したのは9時半を回っていた。漁港を眺めながら、海沿いの幅の狭い通りを進み、途中で無料駐車場の標識を見つけ、路地裏の方へ方へ入って行く。その通りで朝市が行われていた。

イカ、魚の干物、陶器、野菜などが道端に投げ出されるように並べられている。市場の女性たちの強気な視線が、通り全体を監視しているかのようだ。ある干物の並べられた売り場の前に立つ。すると半ば押し売りのように市場の女性は、まだ購入してもいないのに、干物を袋に詰め出し、手渡そうとする。強気なおばちゃんに押されまくったら、断りづらい。そこで「だが、断る」と言う自分を夢想するが、現実では買わされていた。
「他には何か買うものないの?美味しいところを教えてあげる」とおばちゃんは言う。「塩辛」と言うと「塩辛は隣!」と一瞬で紹介される。グルだな・・・

一通り朝市を見終わってから、干物を受け取りに行くと「塩辛は?」と聞かれる。すると隣の塩辛を売っていた女性が「口に合わないってさ」と嫌味を言ってくる。市場の女性たちは強い・・・

イカの活け造りは美味しいだけでなく、悲しく切なく楽しい。


ここは映画『悪人』のロケ地だった、「いか本家」というお店。イカの活け造りが出てきて、踊り食いをした。店員さんがハサミでイカを切ったところを見た。イカは痛そうだった。申し訳ないと思ったので、僕はイカを残さず食べた。

「命頂きます」



イカづくし



イカの活け造りの刺身部分を食べ終わると、残りの部分は天ぷらにしてくれる。これは楽しめる。

「(命)ご馳走様でした」

帰りにショッピングモールに立ち寄ったら、酷いめまいがした。夜勤明けの昨日からあまり寝ていないせいかな。疲れたので、休もう。

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ううああうああ・・・



 夜勤明けの朝、正そうと思ってもうまくいかない、質の悪い形状記憶的な猫背のまま帰宅して、シャワーを浴びる。ううああうああ、と顔に当たるシャワーになんとも言えない変な叫び声を出してみる。ううああうああ・・・
 髭を剃ると出血する。なまくらのカミソリに「ううああうああ」、言葉の代わりにあてがう奇妙な嘆きの声。ううああうああ・・・寝ていない時のなんともいえない気持ちは、ううああうああ・・・

 ATMに並ぶ人々の行列、資本主義の支配下における市民たちのどこまでも続く列。睡眠不足にはいささか厳しい長い列。律儀な日本人、誠実で礼儀正しき天皇陛下の子供たちは、順番を守っている。喜んで、順番を守っている。君が代が聴こえる!ううああうああ!音痴過ぎて、もはや何の曲かわかってもらえないから、僕は心の中で君が代を唄うのだ。

「ああ、天皇陛下!僕は眠いのに、ちゃんと順番を守っているのです!ううああうああ!」

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 最近、隣人が騒々しい・・・

僕「騒ぐんじゃあない!今度騒いでみろ!こうだ!シュッシュッパンパン!」
隣人「ううああうああ、ううああうああ!」

 うっ、うぃ、うぅ、だッ、う、うわああああ!

 昔やったゲームの叫び声「ううああうああ・・・」

 人生の無限ループを正確に音として捉えると「ううああうああ」

 人生の指針、それは「ううああうああ」

 流行語大賞は「ううああうああ」

 5000万円の利用目的は「ううああうああ」

 北朝鮮のナンバー2は「ううああうああ」

 年末とかいう積載重量ギリギリのイベントのために財布が叫ぶ「ううああうああ」

 手話通訳の意味は「ううああうああ」

 世界一丸「ううああうああ」

 それから六万五千年「ううああうああ」

 たった一夜で「ううああうああ」

 夜勤万歳!天皇陛下万歳!親の金万歳なやつは悔い改めろ!

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 枯葉が散って「ううああうああ」。紅葉を見に行きたかった。耶馬溪、行きたかった。ホームページで紅葉情報を確認すると、11月中に更新が終了していた。

 今年こそはと休みまでとって行ったバルーンフェスタでは、強風のためにバルーンは飛ばず、仕事のスケジュールのために耶馬溪の紅葉を完全に逃し、昨日職場でまたしても「びっくりした」と言われる始末。だが、今年の運勢は大吉なのだ。今年はまだ19日も残っている。きっと僕にはいいことが待っている。宝くじも買わない、この謙虚さで、僕は運を引き寄せる。

 支離滅裂で、ごめんなさい。

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肌ケア

 起床時の頭痛は、新しい世界との接触の瞬間にストレスとなり、僕を疲れさせた。今日はもう夜勤なんて行きたくないよ、と仕事をしたくない気持ちをすべて頭痛のせいにしてみるのだ。本当は元気でも、仕事はしたいとは思わない。仕事のことを考えたり、夢に見たりするたびに気分は落ち込む一方だ。時折、もう死んでもいいと思うことがあって---実際には死にたいのでなく、仕事を投げ出して、どこかに旅行に行ったりしたいと思うのだが---出勤前に子供のように泣くことだってある。仕事から帰って来て、また泣いて、子供のように眠り込む。いつまでも心が甘えた子供のままの僕は、働いて生きていかなければならないという事実を受け入れ難く思っている。自分から何かをしようというのでなく、誰かの指示を待っている状態。未成年のまま、肉体ばかり大きくなった塊。

 シャワーを浴びて、髭を剃った後、部屋でホットミルクを飲んでいると、肌が突っ張る感じがして、顔の筋肉を全力で緊張させたら、皮膚がひび割れるような気がした。化粧水をつけたら、少し落ち着いた。冬の空気は乾燥している。顔だけでなく、ところどころ乾燥によって、カサカサと音が鳴っているような気がする。

 職業上、どうしても手洗いをする回数が多くなる。1日何回手洗いしているかわからない。そのため、指先の皮膚は固くなって、ひび割れてくる。飲食店で働いていた時も四六時中洗い物をしていたので、ひび割れが酷かった。これは地味だが、痛い。指先の皮膚が指紋に沿うようにして、裂けるのだ。裂けた皮膚の間に、皮膚に覆われていないデリケートな赤が見える。痛い、痛いと赤が言う。

 今年も指先のカサカサ感を覚え始めた。ひび割れ始めていた。対策のためにハンドクリームを購入した。頻繁に塗るようにしている。去年もハンドクリームは塗っていたが、仕事中に塗ることはなかった。今年は仕事中も頻繁に塗って、様子を見ようと思っている。ちょっとした苦痛からも逃れたい。痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だ。眠いのを我慢するのも嫌だ(もう夜勤中に寝ちまってもいい)。少しでも楽になるなら、ちょっとした出費も惜しまない。

 他のスタッフはひび割れとかにならないのかな?と思う。ある女性スタッフの指を見たことがあるが、指先がズタズタに裂けまくっていた。これは痛いだろう、と思った。だが、そのスタッフは忍耐が凄まじいから、痛いとも言わない。ほかの女性スタッフはハンドクリームを手洗いの度に塗りたくっていた。僕はそれに倣おうと思う。特に夜勤の時は時間があるから、こまめに塗ろう。夜勤明けになると、指先だけでなく、手の甲までも真っ赤になってヒリヒリしていたが、次からはツルツルの生まれたての赤ちゃんのような肌のまま、勤務を終えたい。

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頭が大爆発する

 昨日に引き続き、頭痛がした。昨日は我慢したが、今日は薬袋からロルフェナミンを取り出し、麦茶で流し込んだ。なんのために頭痛が起こるのか正確にはわからない。おそらくストレスのためだろう。
 天候の関係だろう、と僕は言っていた時期があるのだが、父親に「天気のせいにしたらいけない」と冷静に言われた。父親は天候への信仰心が篤く(これは嘘だ)、そんな父親の心を傷つけないためにも、頭痛を天気のせいにするのをやめた。実際のところ、雨の日でも頭痛にならない日もあったから。

 友人がSkypeで頭痛を訴えてきた。「奇遇だね」と僕は答えたが、これは偶然ではないのかもしれない。何か不穏なものを、親しい間柄である2人の人間が共通した、似通った感覚で感じとり、頭痛になっているのかもしれない。その不穏なものの正体などわからないけれど。

 頭痛の原因については諸説ある。僕は頭痛に関する文献を数多く読み漁った(嘘だ)。頭痛には2つのタイプがある。日常に支障を来すもの(つまりすごく痛いもの)と、そうでないものだ。僕の場合は後者であることが多く、大抵は頭痛薬を服薬せずに落ち着くことが多いが、時折、大爆発するようなものに見舞われる。
 頭の内部が脈打つようにドクドクと痛み、そのうち爆発するのではないかという恐怖心を植え付けられたり、目の奥に2kg、いや10kgほどのダンベルを埋め込まれ、頭蓋自体が崩壊していくのではないか、というような痛みを伴ったりする。そんな時「僕、死ぬのかな」と結構本気で思ったりするものだ。我慢できないから、頭痛薬を服用し、寝ているしかない。時折、視野が欠けるという症状もある(これヤバいのかな・・・)。今はないけれど、中学から高校にかけて、頭痛時に視野が欠ける(両端が黒くなり、見えなくなる)症状があった。これは怖かったが、誰にも相談していない。社会人(ニートおよびフリーター)になってからはその症状は見られなくなった。サラリーマン時代、会社で若い女性社員が「私頭痛がして、なんか視界が欠けるんですよ」と言っているのを盗み聞きしたことがある。僕はその時恐怖を思い出した。この女性、ヤバいんじゃないかな・・・。さぞかし辛いだろう。

 僕は子供の頃からずっと頭痛に悩んでいる。小学校の修学旅行の時は、博物館のようなところで酷い頭痛に見舞われ、階段を下りることもできなくなった。そのあとの見学はすべて、ぼくだけキャンセルして、バスの後部座席で横になって過ごしていた。高校の修学旅行も、部屋で早々と(チェックインしてすぐに)布団を敷き、一人で横になっていたのを覚えている。横浜に始めて行った時も、靴屋の店員に「これは地方にはない靴なんすよ」と田舎者だと見下された説明を受けながら、激しい頭痛に悩まされていた。

 頭痛は辛いものだ。頭痛にならない人にはわからないだろうけれど、ある時には動けなくなるほど酷くなる時だってある。「頭痛くらいで」と思う人はいるはずだ。だが、そう思う人は、働けなくなるほどの頭痛を経験していないからそう思ったり、言ったりするのだ。経験のないことに対して、何かを言うことは根本的に間違っている。経験してみて、初めてわかることがあるのだ。

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たまには手書きもいいものだ



 普段、パソコンやスマホで文章を書いてばかり。Twitter、FacebookなどのSNS、ブログ、2ch、今は自分の文章をネット上に自由に投稿することができる。パソコンのキーボードから入力すれば、速いし、便利だし、考えたことを次々に書き加え、後で順序よく並べ替え、文章自体の体裁も整えることも簡単にできる。そういう時代になった。そういう時代だから、それを利用して、作業を効率化するのは当然のことだ。

「効率化、効率化、効率化!みなさん、効率化して、生産性をあげましょう!効率化により利益が上がります!」

 けれど、毎日効率化、効率化と叫んで、目を血走らせて、パソコンの画面を眺めていると疲れてしまう。眼精疲労は頭痛にも繋がってくるだろうし、チカチカする画面を瞬きせずに1日中睨みつけていたら、ドライアイにもなってしまう。職場でパソコン、家でもパソコン、移動時間はスマホ、トイレでも風呂でもスマホたまに水没、現代のデジタル依存も深刻だ。

 時にはデジタル機器の電源を切って、キーボードの代わりにペンを執り、手紙でも書いてみたらどうだろうか?僕は『ゴッホの手紙』を読みながら、手紙をもらえる人間は幸せだろう、と考えた。もちろん、手紙の内容が幸せなものとは限らない。不幸の手紙も届くかもしれない。

 僕は父にもらった万年筆で、日記を書いてみたりするのだ(最近はサボっている)。たまにインクが切れるので、インクの補充をしつつ、僕は書き綴る。たった1行で済む文章を、それでは味気ないからという理由で、ある事実に、自分の心情を書き加えて、4行くらいのものにするのだ。小学生のような文章を少しでも大人の書く文章に近づけようと、精一杯の背伸びをして。いつでも僕は背伸びをしたい。

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今日の運勢

 朝は雨が降っていたが、昼前には止んでいた。そこで、コインランドリーの乾燥機で乾き切らなかったトレーナーと夏物のズボン(今はパンツと言った方がいいだろうか)を干した。お腹が空いたし、一昨日借りたDVDを観終わっていたので、その返却も兼ねて、買い出しに出かけることにした、髭も剃らずに(それにしても『最強のふたり』は面白かった)。

 ショッピングストアに着くとドアを押して入ろうとしたが、僕が押したドアは鍵が掛けられていて、全力で押したのに1ミリたりとも動かなかった。「おっと・・・」と非常に小さな驚きの声というか、悲鳴のようなものが体の奥の方から出てきた。そこには一種の恥ずかしさも込められていた。

 店内を歩いていると、前方を歩いていた高齢の女性が、今まで迷いなく前進していたにも拘わらず、いきなりバックしてきた。そのため、僕は避けきれずに、女性の踵に足を取られ、前のめりに躓いた。「あらら」と女性は驚いていたが、僕の方が驚かされて、無言のまま、やはり恥ずかしさを抱えて立ち去った。前を歩く人が急に立ち止まったり、後退するなどしたために、ぶつかってしまう、もしくは避けようとしてちょっとした事故に遭う、などといった経験はおありだろうか?

 買い物を一通り済ませ、外に出ると、土砂降りだった。「ああ、降ってやがる・・・」と僕は誰にも聴こえないような小声で言って、手遅れだとわかっていたが洗濯物の心配をした。僕はティッシュ2パックとトイレットペーパー、食材を抱えて、雨に濡れながら帰宅した。アパートの部屋に上がる階段で、ティッシュペーパーの手提げ部分が引きちぎれて、落ちた。

 今年の始めに大宰府天満宮で引いたおみくじのことを思い出していた。大吉だった。何から何までついているはずの1年になるはずだった。確かにいいことはあった。博多の街で50円を拾ったことがあった。街中で、ラッキーだなあ、と声を上げて喜んだのを覚えている。妹が第一子となる女の子を無事に出産したことも喜ばしいことだった。他には・・・
 おみくじが言いたいことは、驕らず謙虚に誠実に日々を送ることを心得よ、ということだろう。あなたは今年ずっといい思いができますよ、ということではない。今年は一度も失業せずに生活することができただけでも、きっと素晴らしい1年だった。そう思うことにしよう。

 今日は3回ほど小さな悲運に見舞われたが、おそらく今日の後半はきっと良いことがあるだろう。きっといいことがはるはずだ。あるに違いない。

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今日の夕食


キムチ鍋。具を食べ終わると、ご飯と卵を入れて、キムチ雑炊。



食後のデザートに明日の朝食にしようと思っていたフレンチトーストを食べてしまった。これは太りそうだ。

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帰省の計画

 目覚めると頭痛がした。なかなか起き上がる決心ができないまま、時計が10時を刻むのをぼやけた視界で確認した。今日は仕事が休みだけれど、その代り家の仕事が山のようにあった。そのうちの多くを頭痛のために諦めたが、洗濯だけはなんとか済ませた。例によってコインランドリーに駆け込んで。

 昨日のことだ、1月に帰省する予定を職場で慌てて立てた。というのも、翌月の休日希望を出すのは10日までと一応決められていたから。人が少なくて、休みをとりにくいが、遠く離れた実家に帰る期間を3日間としているし、有給を取得する訳ではないのだから、むしろ職場は僕の妥協に感謝すべきだ、などと開き直ってもいる。帰省できる余暇が得られないのなら辞めてもいいんだぜ、と上司に突き付けてやってもいいのだ。と強気なことを言ってみるが、実際の僕は職場でいつもペコペコしている気の小さい人間だ。

 未だその休日は希望の段階なのだが、今日は航空チケットを購入した。休みを正月からずらしているとはいえ、同じように休みをずらしてとっている人間で溢れていてチケットが取れなかったらマズイ。僕は帰省するはずの3日間を無為に過ごすことになる(空席はまだあった、九州から信州に帰省する人、ビジネスで行く人、旅行で行く人は少ないのだろうか)。
 またチケットを購入したにも拘わらず、希望休が通らなかった場合は、僕は実家の家族の期待を裏切るだけでなく、預金を無意味に失うということにもなり、休みたいのに休めなかった仕事のストレスで、更に薄毛になるという悲劇が待っている。希望休が通らなかったら、仮病で休むしかないだろう。

 いつもならば、無理矢理休日をとってまで実家に帰ることはしなかった。9月に帰ったばかりだし。早く帰りたい理由は、妹が10月に女の子を出産したからだ。ということで、今回の帰省計画は姪っ子に逢うため、という目的を持っている。気軽に帰られる距離ではないため、考えただけでも疲れるが、早いうちに姪っ子に逢っておきたいとは思っているのだ。

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びっくりした子ちゃん

 夜勤の若い女性スタッフの挨拶は「びっくりした」だった。僕と顔を合わせた第一声がそれなのである。思い返せば、この女性スタッフは僕と遭遇すると、「びっくりした」以外言わない気がする。それほどまでに僕は不審というか、気持ちの悪い存在なのだろうか。

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すべてが満たされる事はない



 今日の夕食。しょうが焼き丼。

 最近、仕事のある日でも割と食事を作るようになった。仕事の後は、体力が削られ、精神的にも参っていて、なかなか食事を作る気にはなれないのだが。昨日は夜勤明けで、食事など、どうだってよかったが、夜になると肉じゃがを作って食べた。たまには外食をしたいと思いつつ。

 僕が夕食の写真をアップすることが多く、それ以外の食事の写真をアップしない理由は、夕食以外をあまり作らないからだ。朝食はほぼ毎日バナナとホットミルクで、昼食は100円のパンと麦茶であることが多い。休日は昼食も作ることがあるけれど、それは稀だ。食事は(栄養バランスを考えて)作って食べた方がいいと散々言っているのだが、結局夕食以外は作っていないのだ。朝食と昼食が安上がりな上に、栄養不足だから、夕食だけはちゃんと作って食べよう、と思って生活しているというだけ。栄養のバランスも実はそこまでちゃんと考えている訳ではない。とりあえず、野菜を少しでも摂ろうと思っているだけ。ただ、1食でもそうした心掛けをすることで、体調不良で寝込むことは少なくなったと思う。今の仕事を始めて1年が過ぎたけれど、一応休むことなく続けられている(本当は休みたい日はあったのだが、人がいないから休めなかった・・・熱があるのに他人の世話をするのは辛い・・・)。

 もちろん、体調管理は食事面だけでカバーすることはできない。睡眠やストレスを極力溜めないようにする心掛けも必要だ。今のところ、食事だけでカバーしているような気がするけれど。今、不足しているものは多い。睡眠、運動、趣味の時間、お金、キャベツとカリフラワー等々。色々なことが不足している。僕はここでビタミン不足だけでも補おうと思って、今日は2つみかんを用意した訳だ。

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邪な深夜番組を知らなかった無垢な時代のように

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 できるだけ太陽の光を浴びてから、眠りに就こうと思った。むしろ、寝なくても日の照っている間は起きていてもいいとさえ思う。だから、夜勤明けの今日は、疲れているにも関わらず、あえて時間をかけて外を歩き、少し離れたコンビニに食料を買いに行った。

 朝食と昼食はさほど間隔を空けずに食べた。大量の食べ物だ。おかげで、胃がもたれている。カロリーだけで見ると、おそらく1日に必要なエネルギーを上回っているはずだ。栄養は恐ろしく偏っている。こんな生活を繰り返していたら、僕は近い将来に生活習慣病になり、苦しみながら、病床でその生涯を極めて孤独に閉じることだろう。そんなの嫌だ。しかし、ストレスのために食べずにはいられない。

 シャワーを浴び、髭と髪の毛を剃った後、スーパーに牛乳を買いに行った。その後帰宅して、トイレに入り、手を洗っていると、鏡に映る自分のおでこに何かが付着していることに気付いた。手で擦って取ろうとすると、わずかに刺激があった。さきほどの剃髪の際にカミソリで傷つけたらしかった。おでこに傷があるのも知らずに、スーパーでは「お兄さん、牛乳はどうですか?」とある牛乳の試飲係りのおばさんに言われたのを、「おじさん」でなく「お兄さん」と言われたことで少し舞い上がった気分で、(気持ち悪く)はにかみながら、無視して通り過ぎたりした訳だ。間抜けだ。

 ずっと起きていることはおそらく可能だ。実際のところ、何度となく夜勤明けの後に外に遊びに出ていたことはある。夜帰ってきて、深夜のヨコシマな番組を知らなかった無垢な時代の僕のように、20時に眠ればいいのだ。ただ、何等かの目的があるから起きていられるのであって、今日のように一人でのんびり過ごそうとすると、眠くて仕方なくなる。コインランドリーで読書をしたが(そう、今日は晴れていたのに僕はコインランドリーを利用したのだ)、途中で眠り込んでいた。気付くと、乾燥機は停止しており、時間は13時を回っていた。意識が朦朧とした状態で、ぼやけた世界を歩くより、1~2時間もしくは3~4時間ほどの睡眠で、明晰になった方がましだろう。ぼやけた世界は無駄な時間で満たされる。

 色々言ってはみたが、結局のところ、僕は寝たのだ。13時過ぎに。コインランドリーから帰ってきて、洗濯物を所定の位置に整理するのも放棄して。そうなるだろうと予測していたが、目覚めてみるとやはり日は没していた。悲しい夕日、切ない夕日、鬱的な夕日、焦燥の斜陽、明日への希望?、さまざまな感情を呼び起こすあの感動的な夕陽は今日も観ることができなかった。

 朝起きて、日中は元気に行動し、日没を見て、暗くなったら眠る。人間というのはそうした規則正しいリズムを刻んで、生活をすべきだと僕は思う。人々にはそれぞれ事情があって、それができないけれど、やはり夜は寝た方がいい。それが自然であると思う。僕は夜勤なんてしない生活を目指している。この仕事も、いつか辞めて、朝早く起きて、夜は20時頃、遅くても22時頃には寝る生活をしたいと、いつも思っているのだ。いつも、そう思っている。

 のどが渇いた。みかんを食べよう。

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たびびと

Author:たびびと
こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
時間がいっぱいあるので、ブログ始めてみました!

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