タイムライン

 完全に僕のせいだった。悪いことをしたと思ったが遅かった。

 14時46分にサイレンが鳴り響いていた。もう夕方になってしまったのか、と一瞬思ったがすぐに今日という日について思い当たることがあって納得した。そして手を合わせた。
 15時を回ったところだった。通路が騒がしかった。隣室の子供たちがドタバタと出てきたらしい。どこかへ遊びに行くのだろう。夜勤に備えて休んでいた時にはその喧騒に苛立ったものだ。この長期休暇でずっと座って過ごしていたために尻が痛くなってしまった僕はベッドに横になっていた。本を閉じて、スマホで動画を観ていた。地震関連の動画を観た。
 関連動画を次々に見ていく。ある動画でテレビの緊急地震速報が鳴る場面があった。相変わらずマンションの通路では子供が騒いでいた。

 天鼓が通路の方を見ながら目を丸くしていた。「ボー」と唸っていた。よくあることだ。通路に人の気配を感じると唸るし、インターホンが鳴ると他人がやってくることがわかっているので唸って怖がる。初めは子供の気配に怯えているのかと思った。
 しかし、天鼓は僕が見ていた動画で緊急地震速報が鳴ったので怯えてしまったのだった。
 熊本の震災の際、僕の住んでいるマンションも大きく揺れた。緊急地震速報が鳴った直後だった。天鼓はあまりの振動に失禁してしまった。その時のこと、緊急地震速報の警報音は忘れずにいたのだ。

 天鼓はコタツに入って、夜まで出てこなかった。「ボー」と唸っていた。心の傷というものはなかなか癒えるものではない。

 自分でもわかっていたが、「ハゲが悪い」と妻にも言われ、更に反省した。天鼓には何度も詫びたが、いくら大丈夫と言っても猫にはわからない。こういう時は落ち着くまで待つしかなかった。夜になってやっと落ち着き、コタツから出てきた。



 妻と『タイムライン』という映画を観ていた。現代人が中世に行って、じいさんを連れて戻ってくるという話だ(どんな話だよ)。映画を観ていると21時を回っていることに気づいた。最近、22時頃には就寝している。しっかり睡眠をとることを心がけているのだ(と言いながら今日は0時を回ってしまった)。映画の途中で僕は風呂に入った。風呂から出ると映画は終わっていた。「どうなった?」と妻に聞くと「女の人を助けた人が中世に残った」と大雑把な説明をされた。妻は目の前で録画リストから『タイムライン』を消去した。「なんで消すと?」と泣きそうになって問うと「だって観たもん」と言われた。「僕は観てない」と伝えると「観るの?」と言われた。いつもこうだ。でも、これが天鼓にしてしまった罪に対する罰だと思って受け入れよう(随分軽い罰だが)。

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しばらく戻って来なかった

 遠い風の向こうから記憶が蘇る。
 「お父さん、ちょっとトイレ行ってくる」と言って、父はしばらく戻って来なかった。幼い僕と妹は地方の深い森の中の焼肉店のテーブルに残された。多忙な父がたまの休日に連れて行ってくれた焼肉店だった。しばらく後で父はテーブルに戻って来たが、すぐに「ちょっとトイレ」と言って席を立った。父はほとんど焼き肉を食べなかった。
 帰宅し、居間で過ごしていると父は郵便物の入っていた紙の大きな封筒を手にして「ちょっと」と言って、廊下に出ていった。直後にうめき声が聴こえた。幼い妹が心配そうな表情で僕を見ていた。おそらく、僕も心配そうな顔をしていただろう。
 若い父はよく吐いた。通勤中に車を運転しながら吐いたし、飲み会の時に特大の灰皿に吐いた。嘔吐しながらも、僕達を育ててくれた。一昨日の夜、嘔吐してベッドの中で休んでいる時、僕は父のことを思い出していた。焼肉屋でトイレに立って、なかなか戻って来ない父のことを思い出していた。心配そうな表情の妹の顔を思い出していた。疲れてくると嘔吐する僕は父の子だった。

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実家の犬

 妻の実家に行った。義母が留守にするという。留守中、ペットの犬を外に出し、排泄をさせないといけないらしかった。到着するとすぐに犬を外に出した。犬は妻に懐いていて、久しぶりの再会に喜んでいる様子だった。また、人が好きで、僕に対しても尻尾を振り、興奮した様子で足元に転がって来た。ハーネスを装着し、妻に言われて家の周囲を散歩させた。家の裏手の少し広くなった敷地で、犬は地面の匂いを嗅ぎながら前進する。犬の前方に、何かの排泄物が転がっていた。犬は匂いを嗅ぐ。「それはうんこや。いかん」と手綱を引っ張った。瞬間、犬は排泄物に齧り付いた。「あ!」と小さく叫び、妻の名を呼んだ。「ハチがうんこ食べた」と言ったが、妻は家の中に入ったらしく、どこにもいなかった。ハチは歩き出す。庭園風に配置された岩の横手でハチは足を開き気味にして踏ん張り、排泄物を排出した。

 家に上がり込み、ハチを部屋へと連れて行った。抱き上げた時、顔や口を舐められた。うわー、と思った。妻も口を舐められたので、水道で洗っていた。部屋に入れるとハチは忙しなく動き回り、足元に転がって、撫でてと言わんばかりに腹を見せた。帰らねばならなかった。排泄させるためだけに立ち寄った。ハチは「行かないで」とでも言うように寂しげな鳴き声を出した。愛しかった。

 帰りにうどん屋で、なかなか美味いうどんを食った。ハチの齧り付いた排泄物の細菌がうどんと一緒に僕の内蔵に入り込んでいく気がした。どうでもよかった。すでに風邪を引いており、体調が悪かった。たとえ体内に細菌が入り込んで、どうにかなっても体調を崩しているという事実には変わりはなかった。うどんは暖かかった。体が温まった。幸せだった。妻と二人で過ごす時間は好きだ。二人で、おいしいね、と言って過ごす時間がとても幸せだった。

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最下位



 目覚めると猫は座椅子を占領していた。我が家には座椅子が一つしかない。これは妻が買って来たものだ。優先順位を付けるとしたら、妻が最上位で座る権利を有しており、次に猫、僕は最下位である。だから、朝起きて、猫を追い払うことはせず、僕は床に座るしかないのだった。コーヒーを飲みながら、猫が退くのをただ待っていた。

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天鼓氏の誕生日

 洗い物をした後、排水溝を覗いていたら「王様の耳はロバの耳」というセリフが思い浮かんだ。排水溝に向かって叫んだら、マンション中の排水溝に僕の声が広がっていくのだろうか。たまにこの排水溝はゴボゴボという異音を立てて、僕をビックリさせる。一体何の話だ?

 15日に猫の天が2歳の誕生日を迎えた。15日は仕事(夜勤)だったので、前日の14日にお祝いをした。お祝いと言っても特別というほどの特別な催しは行なっていない。猫用の鶏のささみを与え「天ちゃん、誕生日おめでとう!」と妻と二人で祝辞を述べただけだ。天ちゃんは鶏のささみを平らげた。満足はしていなかったのかもしれない。なぜなら、一食分の半分の量しか与えていなかったから。残りは翌日(本当の誕生日)にやるつもりでいた。とにかく、天の2歳もよき年であれ。
 9時24分、僕は床に転がって寝ていた。妻はトイレに入っていた。天はおそらくベッドの上で寝ていたと思う。緊急地震速報が鳴った瞬間、眠りの浅い僕はすぐさま起き上がり、トイレのドアを開けた。瞬間、部屋がグラリと揺れた。驚きの半分は緊急地震速報のアラート音であったが、震動も僕たちを驚かせるには十分な威力を持っていた。特に猫の天にとっては。
 天は唸りながら、あちこちを走り回っていた。目が点になり、背中の毛だけが逆立っていた。耳は外側を向き、常に警戒している風だった。後でキャットタワーの方を確認しに行くと、床やキャットタワーが尿で濡れていた。失禁するほどの震動、生まれて初めて感じる衝撃だったのだろう。それで終わりだと思った。

 翌日になっても天は怯えていた。余震は続いていた。おそらく体に感じない微弱な振動すらも天は感じ取っていたに違いない。心配だったが、仕事に行かない訳にはいかなかった。こういう時に休めるような仕事だったらどんなによかっただろう。少し、将来を考えた。

 15日1時26分、僕は職場にいた。iPhoneの緊急地震速報が鳴り、激しく揺れた。リビングの本棚が揺さぶられているのを見ていることしかできなかった。これ以上揺れが強くなったら、あの本棚は倒れるだろう、と考えていた。揺れが収まるとすぐに入居者全員の様子を確認しに行った。ビックリして起きていた人もいたし、全く動じずに寝続けていた人もいたが、幸い転倒した人はいなかった。15日になり、夜が明けるまで緊急地震速報は4度鳴り響いた。アラートが鳴らなくても揺れることがあった。巡回の頻度は当然多くなった。
 二日前に下顎の親不知を抜歯していたが、そこが酷く痛み出した。薬局で薬剤師が抗生剤を出す際に「まだ残っていたんですね」と今年に入って立て続けに3本抜いている僕に向かって言ったのだった。まだ残っている、と言われたが、実はあと1本残っている。年内に抜く事になったら、その薬剤師は今度は遠慮なしに「またしてもか!」と叫ぶのだろうか。5時を過ぎた時、抗生剤と鎮痛剤を食事も摂らずに飲み下した。
 常に地面が揺れているような感覚になった。地震で眠れなかった利用者は朝食前から居眠りをし始めていたし、朝出勤してきたスタッフもあまり寝ていないようで勤務開始と同時に疲れていた。朝食後の服薬の際、利用者の横でフラッと意識が遠のいた。とにかく事故もなく、無事勤務を終えることができた。運がよかった。

 JRは運転を見合わせていたので、僕は4時間ほどかけて徒歩で自宅に帰ることを考えた。うんざりだ。運よく妻が休日で迎えに来てくれた。妻はサッカー観戦に行く予定であったが、ゲームは中止になっていた。帰りの車の中で、道を歩いている人を何人も見かけた。おそらく電車が止まっているから、目的地まで歩いて行くことにした人々なのだろう。

 熊本では大きな被害が出た。僕の家は熊本県ではないが、猫の天は怯えきっているし、妻は体調を崩してしまった。妻は以前からあまり体調がよくなかったことに加え、夜間の緊急地震速報と揺れで睡眠不足が続いていた。天はスマホの緊急地震速報のアラート音が記憶にべっとりと塗りたくられ、音を聴いた瞬間に揺れても揺れなくても目を点にして、体全体を細長く変形させてコタツに飛び込むのだった。散々な誕生日だった。

 今も時折揺れを感じて、不安もあるけれど、僕たちは無事だし、ほぼ普段通り生活できている。これで十分だ。

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こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
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