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ポケモンGO

 昨日ポケモンGOがリリースされて、世間は賑わっている・・・のだろうか。僕は引きこもり気質なので、外に出ていない。自分の目で確認していないのでよくわからない。株式市場では任天堂関連株が好調なのは間違いないが。
 今日は買い出しに行った。妻が運転して、僕は助手席から世の中の様子を見ながら、僕自身もポケモンGOをプレイしていた(最低なやつだなあ)。僕は「ポッポ」というポケモンを9匹捕まえることができた。ポケモンというのは、「ポッポ」のことなのかなあ。



 外を歩いている人はみなスマホを片手に歩いていた。全員一人残らずポケモンGOに夢中だ。世間は賑わっていた。みんなが外に出て、世の中が元気になっていくような気がする。なんだか僕も元気になれそうな気がした。
 いろいろ問題もあると思う。たとえばポケモンGOに夢中で誰も会社に行かなくなるとか。夢中になりすぎているうちに白骨化してしまうとか。
 けれども、世の中が元気になって、景気がよくなって、僕の保有する株の値が1000倍ほどになったら、僕は嬉しい。

 今日は暑かった。本当に暑かった。暑くて、何度も水を浴びた。日が沈み、少し涼しくなってきた。涼しくなってきたから、またポッポを捕まえに外に出ようかと思う。

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団子

 仕事の関係でお世話になった方が亡くなった。通夜が行われることになり、職場では○○時に集合して行こうなどと申し合わせているようだった。ただ、私にはそういった話は回って来ず、通夜の開始時刻のみ、風の噂の如く「18時」とだけ伝わって来た。もはや誰から聞いたのかも記憶が定かではない。お世話になった人だから、お焼香だけでもと私は通夜へ行くことを独自で決定していた。

 最近の悩みは知能指数の低さにやっと気付いたことである。頭から蒸気が立ち昇るほど熱を放ち、顔を真っ赤にしながら読んでも1ミリたりとも理解できない本がある。それは或る哲学書だ。理解できないのなら途中で投げ出してしまえば良いのだ。まずいことに文庫本の第1巻を一文字も読まないうちから次刊が発売される度に購入し、全7巻綺麗に揃えてしまったのだ。7巻揃えて中古取扱い店に売却するという手もあったが、それでは一体何の目的で買ったのかわからない。哲学に興味を持ちつつあったことは確かだった。実を言うとまだ一文字も読んでいない哲学書が山のようにある。もっと正直に言うと、一文字も読んでいない本は私の蔵書の約9割を占めている。「私は知的で高尚な人間だ!」と見栄を張りたかったのかもしれないが、見栄を張れるような相手もいない。一つだけ、手にとるように哲学がわかる云々といった書籍を読んでみたのだが、わかったことは「何もわからない」ということだった。
 最近はアベノミクスとやらに便乗して楽して儲けてやろうと欲をかき、株式投資を始めた。しかし儲けるどころか、毎回高値を掴み、下落すると焦って売却してしまう。この繰り返しで当初の投資資金の7割を失った。私には向いていないのだろう。何もかも向いていない。一体何が向いているというのだ。そう謙虚に言いながらも、私は他人より優れている点があると心の奥底では思っている。優れている点が一体何であるかまるでわからないが。

 18時に退社すると私は厳粛な気持ちを携えて、すぐさま斎場へと向かった。その斎場には徒歩にして約15分と職場から近い距離にあった。ふと途中で同僚たちのことが気がかりになってきた。やつらは申し合わせたかのように集団でやってくるだろう。一瞬不安に思った。しかし私はたった一人で決断し、行動するのだ。私はそれだけで自分が優れた人間のような気がし、近頃知力の低さを気に病んでいたことすら忘れていた。あの悩ましい哲学書全7巻のことも忘れた。もし思い出しても、あんなものはすぐにでも売却して、マンガでも買ってしまえばいいと思ったことだろう。
 寒さに身震いしながら歩いた。道路に設置された電光掲示板では気温10℃と表示があった。ぴったり15分間歩くと斎場の看板が見えた。私は斎場の入り口に差し掛かると、どこかの国の兵隊のように90度方向転換し、勇んで斎場へと入って行った。斎場入口には通夜と葬儀の開始日時が書きこまれていた。被っていたニット帽を取り、しばらく佇み考えた。同僚たちはもう来ているのかもしれない。私が徒歩なのに対し、奴らは自動車だからだ。どちらでも構わない。同僚たちがいたら入り易いし、いないなら私が一番乗りだ。一歩進むと、入り口の自動ドアが開いた。静寂の中での自動ドアの音は異様に大きく感じた。私は誰にも聞こえない悲鳴と、誰にも読み取れない驚きの表情を一瞬浮かべると中に踏み込んだ。
 階段を上がって行くと僧侶のお経を唱える声が聴こえてきた。私は入り難さを感じ、躊躇った。目の前は厳粛な雰囲気に支配されていた。私は一秒に一歩ずつ歩を進め、階段の上に立っていた係員に会釈した。「親族の方ですか」の問いに「仕事でお世話になっておりました」と告げた。係員の後方には厳粛な風景が広がっていた。経を上げる僧侶の後方にお世話になった方の遺影が光に照らされていた。笑顔でこちらを見守っているかのようだった、多くの花々に囲まれて穏やかに。喪に服した親族関係者たちが手を合わせていた。並べられたパイプ椅子に同僚たちの姿は見当たらなかった。奴らは来ていない。私は自分が一番だと思う前に、異常なまでの居辛さを感じた。係員が案内しようとした時、咄嗟に「いや、あの帰ります。お顔を拝見してすぐ引き上げようと思って来たんです。顔だけ見て。それだけなんです。それに、こんな恰好ですし」と自分の身なりをジェスチャーしながら言った、来ておきながら今更自分自身の服装をその場にそぐわないと言い訳して帰ろうとする馬鹿馬鹿しさに半ば気付きながら。「いいえ、いいんですよ。服装のことは気になさらずに。来て下さるだけで喜ばれると思います。さあ、どうぞ」と係員は私を席まで案内した。
 坊主の念仏が済み、親族たちが焼香を始めた。続いて列席者たちが立ち上がり、係員の案内でお焼香を済ませて行く。一番後ろの席に座っていた私に係員が話しかけた。私はたった一人で後方の席に坐していたから、他の参列者からは一足遅れて焼香に臨み、それゆえ孤立した存在として酷く目立っているような気がしたが(自意識過剰なのかもしれない)、もう後には一歩も引けず、前方へと進み出た。歩行の腕ふりをする度に温かさを最優先したかのような膨張したダウンジャケットの袖が擦れ、足を踏み出す度にもこもことした厚手のナイロン地の防寒ズボンの内側が擦れ、カサカサとチープな音を立てた。頭が真っ白になりかけた時、目の前に唐突に親族たちが現れた(実際には最初からその場に立っていた)ので、出来る限り丁寧に頭を下げた。焼香を済ませると、わざわざ棺の方へと回り込み、亡くなった方の顔を拝んだ。一目見ておきたかったのだ。顔を拝見すると反転し、半ば小走りにうつむき加減で自席へと引き返した。シャリシャリと衣類の擦れる安っぽい音が加速する。
 親族代表の挨拶を聴き、司会者が通夜の式を終わる言葉を述べた時、同僚たちがやってきた。彼らは喪服姿で姿勢を正していた。これから親族に挨拶に行くのだろう。私はダンゴ虫のような姿、寒冷な地方出身にも拘わらず、酷く寒がりな為に冬の通勤にはニット帽にダウンジャケット、厚手の防寒ズボンという出で立ちで、静かに、しかし極めてそそくさと斎場を後にした。

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台風15号の日

 強風と時折思い出したかのように打ち付けてくる横殴りの雨の中、あらゆる死のシナリオを思い描きながら、僕はすべての行程を歩ききった。初めはそんなつもりではなかった。職場から自宅まで一体どれほどの距離があるのかワクワクしていたくらいだ。
 職場の最寄駅の電光掲示板で先の見えない「運転見合わせ」の文字列を確認した。他の利用者が駅員に何かを聞いていたが、おそらく判然としない返答を得ていたことだろう。訊きたいことは皆同じだ。運転再開の見通しは立っているのか?その質問は「台風はいつ通り過ぎるのか?」と言っているようなものだ。気象庁のホームページにアクセスした方が正確な情報が得られたはずだ。それだってみんな承知している。わかっていても尚、わかりきっている情報にすがりたい気分なのだ。エナジードリンクを胃に流し込むと、意を決して歩き出した。駅前にはタクシーが列を成して、駅の利用客を物色している風だった。僕は迷わずタクシーを利用すべきだったかもしれない。昨日から喉が痛かったし、咳も出始めていたのだ。夜勤明けで長距離歩くとなると体への負担は大きい。おそらく世の中の誰もがタクシーを選択するだろう。僕はまともな人間なので徒歩を選んだ。

 iPhoneの地図アプリによると自宅付近までは約15km、徒歩でおよそ3時間ほどかかる計算になっていた。風が強いとは言え、衰えを見せていたし、未明の激しい雨もどこかへ行っていた。行けると思った。歩いて数分で総重量約80kgの体を持って行かれそうになるような強い風が吹き、狼狽えたが、それ以降風は収まって行った。戦略を立てていた。できるだけ線路沿いの道を歩いて、電車が通るようだったら、近くの駅から乗車するという算段だ。完璧だ。
 強風のことを友人に話すと「風では死なない、瓦や木片、鉄板が飛んでくるかもしれない。頭や首をガードしながら歩くんだ」というようなメッセージを送って来た。果たしてそうだろうか。風でも死ぬ気がした。風に舞い上げられて、空に落ちて死ぬのだ。ゲームの中でストライダー飛龍は空に落ちて死んでいた。空に落ちるという意味自体おかしなものだが、一旦空に舞い上がり、地面に落ちて死ぬことだってあるかもしれない。
 その時は追い風だった。後頭部をガードしなければならない。追い風だから走るのも手だった。後頭部への物の直撃をかわすためには、その飛来物と同じスピードで走ればいい話だ。足は遅いが追い風に乗れば可能だろう。これがまず想起された死のシナリオの始まりだ。

 途中のコンビニで唐揚げとローヤルゼリーとスポーツ飲料を買いこんだ。コンビニ前ですぐにローヤルゼリーを補給し、唐揚げを食べた。自分が浮浪者のようにも思えたし、RPGの主人公のようにも思えた。僕は旅人だ。友人がレストランで親子丼を食べていたらゴキブリが入っていたというメッセージを送って来た。彼は店の責任者に対して憤慨しているようだった。衛生的に不潔極まりない話だし、責任者の精神も健全とは言えない話だった。世の中には健全でない精神が溢れ返っている。

 1時間ほど歩いた時にはもう風もほとんどなくなり、雨も止んでいた。間違いなく運転が再開されるだろうと思った。JR九州のHPにアクセスし、運行情報を確認した。10時50分現在の情報はなぜか「運転見合わせ」だった。何かの間違いだろう。現在地から最も近い駅を通りかかった時にホームを覗いてみると、誰もいなかった。間違いではなかった。仕方なく、次の駅に向かった。おそらく次の駅に着く頃には線路上を電車が通るだろう。

 僕は大いに間違っていた。台風の目の中にいたのだ。鉄道会社も容易に運転再開とは行かないようだった。風は強まりつつあった。急がないと、もしかしたらダメかもしれないとさえ思った。車で何度も通った道だが、歩くとこれほどまでに遠いのかと思いはじめていた。まだここか・・・
 至る所に折れた枝が転がっていた。駅の駐輪場に止められた自転車は軒並み倒れていた。自転車を起こそうとする人間など一人も見当たらなかった。台風の日に外に出る人間などいないのだ。通り道の明らかに場違いなところに鍵の外れた自転車が倒れていた。僕は盗もうかと思った。移動速度を上げたかったのだ。何をしてもいいような気がした。生きるためだ。
 自転車に乗った(盗った)瞬間にパトカーが追いかけてくる。僕は狼狽えてバランスを崩し、身長の6割ほどの高さがある欄干を難なく超え、増水した川の濁流に飲み込まれる。歩いて前に進む以外のすべての行動や雑念が死のシナリオを描き上げる。打ち捨てられた、あるいは風に飛ばされてきた自転車を無視して、足を前に出した。
 やっと国境に出た。足が痛かった。iPhoneの電池が切れてしまっていた。どこかで倒れてしまっても、助けを呼ぶことはできない。にも拘わらず、僕の歩いていた場所は車道からは死角になった人通りの極めて少ない歩道だった。ツツジ科か何かの低木がどこまでも続いており、車道と歩道を隔てていた。低木とはいえ、走っている車からは歩行者を確認することは困難に思えた。どこまでも続く歩道でもし力尽きたら、白骨化するまで気付いてもらえないかもしれなかった。ただの帰宅なのに、なぜ遭難しなければならないのだろう。
 足場は悪かった。強風で折られた枝が舗道上を埋め尽くしていた。左側の斜面を覆う竹林から、力尽きた竹が何本も舗道倒れかかり、動線を阻んでいた。傘で振り払ったり、潜ったり、飛び越えたりした。前に進むしかない。もし10km先が行き止まりで引き返さなければならなくても足を止めることはできない。
 竹林を抜けると開けた場所に出た。雨が上から下でなく、左から右へと降っていた。見るからに風が強まっていたし、雨も激しくなっていた。傘は役に立たない。風に飛ばされて、車道に投げ出され、通行中のトラックに轢かれる想像をし、身震いしながら車道と距離を取った。反対側は川になっており、底の見えない濁流があった。見ただけで吸い込まれそうだ。見通しがよくなったので、車道からも歩行者の僕に気付くはずだ。「一体彼は何をしているのだ?」と誰もが思ったことだろう。確かに歩道なのだが、普段誰も歩かないような場所を歩いているのだ。警察も通りかかった。もしかしたら声を掛けてくれるかもしれない。声をかけられたら「いやあ困ってましてね、家まで乗せてもらえますか」となりふり構わず話しかける覚悟でいた。警察官、彼らは行ってしまった。ずぶ濡れで歩くスキンヘッドの男をあっさりと見過ごして行った。

 どこまで続く泥濘ぞ、などという歌が聴こえてくるような気がした。2時間は歩いていた。右側の車道からは高い塀で隔てられた場所だった。ここはどこだろう?左側には住宅が建ち並んでいる。もし力尽きたら、誰かに発見されるだろうか。それにしても人の気配の全く感じられぬ住宅だ。もしかすると誰も発見してくれないかもしれない。
 雷のような音が聞こえてきた。落雷で命を落とすこともあるかもしれない。歩道上はあらゆる負の可能性で満ちていた。途中で雷鳴でなく、高架を通る車が立てる音だと気付いて少し安心したのだが。

 もう戻れないような見知らぬ場所を1時間歩き続け、もう戻れないような不安感で満たされていた時に、やっと見覚えのある道に出た。足の裏が酷く痛かった。両足の裏の親指の付け根の皮膚が剥離しているに違いないと思ったが、大したことはなかった。さらに1時間ほど歩いてやっと家に着いた。その間に警察車両が2、3台通り過ぎて行った。彼らはやはり僕が徹夜をして15kmの行程を歩き続け、疲弊しきっていることには気づいてくれなかった。
 朝9時半過ぎに職場を出て、最寄駅で運転見合わせを確認し、帰宅を開始したのが午前10時だった。午後2時になってやっと辿り着いた。実に4時間の行程だった。結局帰宅するまでの間に電車や各種交通機関は運転再開はされなかった。そればかりか21時になっても(もう雨も風もほとんど止んでる)、運転見合わせの線がある。JRも今日の運行はもう思い切って諦めてしまったのだろう。私鉄は全線再開していたが・・・

 帰宅してまず最初に風呂を沸かした。4時間歩いている間、何よりも風呂を楽しみに歩いたのだった。

「ああ、極楽じゃ!」浴槽に浸かった瞬間に思わず言葉が漏れた。

 iPhoneの電源を入れると妻から5度も着信があり、SNSを介して「死んでる?」などとメッセージが届いていた。僕が「歩いて帰る、電車止まってる、ふざけとる」等のメッセージを送った後3時間ほど消息を絶っていたので、彼女なりに心配してくれたようだった。

 職場から徒歩で帰宅しようなどと二度と思わない。たとえ晴れていても。

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顔・2

「またしてもか!」

 彼はそう思ったに違いない。「よもや日に二度もあのニートの家に行くことになるとは!しかし一体どうしろと言うのだ。どういった顔で荷を渡せば良いのだろう!」

 夜の配送業者の顔には軽蔑の色は見られず、むしろ親しみのこもった温かな表情に感じられた。注文した品の配送業者が、今朝の実家からの荷物の配送業者と同じであったため「もしかしたら」とは思っていたが、まさか本当に彼がやって来るとは思わなかった。僕は可笑しくなって吹き出しそうになりながら、伝票にサインした。彼の方も表情筋が緩み、言葉も緩やかであった。彼も吹き出しそうになったのかもしれない。僕が配送業者だったら、ドアを開けた瞬間に爆笑して「なんだ君は?」と怒られていただろう。



 ところで、これは何だかおわかりだろうか?わかるはずはないと思う。これはウチの猫の愛用品だからだ。今彼女はこの愛用品を探して十数センチしか離れてない場所の物陰に前足を突っ込んで引っ掻き回している。見えてるのになあ・・・



 これが生前の姿。いや今も現役なんだけど、もう原型を留めてないのだ。間も無く白骨化してしまうだろう。

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 みんなが働いている日のみんなが働いている時刻に家にいることはおかしなことだろうか。いや、もう夏休みに入っていると考えることだってできたはずだ。それなのに老年の配送業者は僕の顔をある種の軽蔑に満ちた表情で見つめるのだった。年を取った俺が汗水垂らして働いているのに、お前はのんきに家に引きこもって奥さんを働かせているのか。そんな事を言われても休みなのだから仕方がない。大きなお世話だ。それとも僕の髭が伸びていたから、少なくともここ数日間は働いていない、多分ニートだろうと思ったのか。これでも一応昨日も働いていたのだ。一日あれば髭はどこまでだって伸びるものなのだ。

 僕はこうして配送業者の眼差しをいちいち気にして過ごしている。配送業者の顔は元来そうした表情なのかもしれない。それを軽蔑に満ちた表情だとか、他人を見下した表情とか勝手に思ってしまうのは失礼かもしれない。ただ、もし万人がその表情を見て「なんだか軽蔑されているようだ」と感じたら、その人の顔は損をしていることになる。
 最初に就職した会社の同期に常にドヤ顔をしている人がいた。別段「どうだ!」と見せつけている訳ではないが、いつもドヤ顔をしているのだ。おそらく自信があるのだろう。確かに彼は自信に満ちていた気がする。あるいは僕が勝手にそう感じていたのかも。どちらにしても彼は常にドヤ顔をしていたのだ。僕は彼に会うたびに「なぜ彼はいつも見せつけていないのに見せつけているような表情をしているのだろう」と思ったものだ。そして同期の中でも彼の事は割と好きだった。彼は今でもドヤ顔をして仕事を続けているだろうか。

 どうでもいいけれど、今猫がキャットフードを食べている。所謂ドライフード、カリカリというやつだ。時折「カリカリ」と音がするが、よく観察するとほとんど噛まずに飲み込んでいるようだ。今日は割と全部噛まずに飲み込んだ。猫の喉は詰まらないのだろうか。

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プロフィール

たびびと

Author:たびびと
こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
時間がいっぱいあるので、ブログ始めてみました!

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