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M/Tと都会のフシギな企業

「すみません、本日からこちらで働かせていただくことになりました、Tと申します」

 Tは新たな扉を叩いた。この道しかない。再出発だ。8時45分にオフィスの前の受付に到着すると、新しい職場、新しい空気に満たされながら、内線の向こうの女性に名を名乗った。この扉の向こうには新生活が詰め込まれている。

「T様ですね、お待ちください」と受付の電話の向こうで女性の声がそう言った。内線が切れてから10分ほど経過したが、待合室には誰も出てこなかった。何か手違いがあったのだろうか。お待ちください、と言われた以上待つ以外に手はない気がした。再び内線で管理部に電話することも考えたが、しつこい男はモテない事はわかり切っていた。日本の侍のように忍耐強く待つしかない。しかし、誰も出てこないな。Tは冷や汗が背中に伝うのを感じたが、とにかく忍耐を決めた。

 Mのデスクとは同列に位置しているにも拘わらず、わざわざ向い側のデスクを通り越し、一番離れたオフィスの入口付近にまで一旦遠のいてから、Mのところへやって来た猫背の女性社員が内線で受けた旨を伝えた。訝しげに。

「え、え?働きに来た?確かに働くって言ったのかい?知らないな。それとも面接の予定とかあったかな。なかったと思うんだけどな。君、ちょっくらその男の様子を見て来てくれないかな?」Mも首を傾げた。パソコンでスケジューラを参照しても、本日中に面接もなかったし、来客もないことは確認できた。そもそも確認する必要なんてない。スケジュールはすべてMの頭の中で管理されていたからだ。にも拘わらず、思わぬ来客があったことはMを一瞬戸惑わせた。自分のミスだろうかと思ったが、そんなはずはないとすぐに思い直した。おそらく、不審者か何かだろう。

 オフィスから女性社員が出てきたのを認めた。Tは「待ってました!」と小声で言ってしまってから、「しまったー」と言い、それらの言葉がすべて女性社員には聞こえぬほどの小さな悲鳴だったことに半ば助けられつつも、恥ずかしくて顔を赤らめていた。すぐに気を取り直し、「すみません、本日よりこちらで働かせていただく、Tと申します!」と希望に満ち溢れた気持ちを言葉に表した。新たな職場、見知らぬ女性社員。これから仲良くなるかもしれない。
 猫背はTを目の前にして、言葉に詰まった。Tは顔ばかりでなく、耳や額から頭頂部にかけての薄くなったところまでを真っ赤にして立っていた。

「その・・・本日から働かれる方ですか?担当の者の名前を教えていただけますか?」
「え、えーと、内線で管理部に電話をかけて下さいと言われただけでして。申し訳ありません。担当者の方のお名前を聞き忘れてしまいました」Tは初日から自分が失敗してしまったことに気付いた。本当は内線で管理部にかけてくれなどと言われてもいない。面接があり、採用通知があった。そして今日から来てくれとだけ連絡があった。担当者の名前など一切聞いていない。面接官だった人には名刺も貰っていないし、名も聞いていなかった。しかし、変だな、こちらは名乗ったのに、あちらさんは名乗るどころか、むっつりと黙り込み、こちらがほとんど一方的に話していた面接だったな。よく採用されたものだ。
 猫背の女性社員はどこかに行ってしまった。猫背が黙っていなくなってしまい、Tは狼狽えて後ずさった。待合室の四角いソファーに躓き倒れ込んでしまったが、冷静を装って、自らの意思でそこに座ったのだと言う風に口をすぼめ、そのまま待つことにした。

「Mさん、やはり今日から働くつもりで来たらしいです。でも、どこか挙動不審で、顔が真っ赤なんです。担当者の名前も知らないそうです。おかしくないですか?」猫背は言った。
「おかしいね。何か勘違いされているんじゃあないかい?誰かを採用したなんていう話は出てないんだけどな」そう言って、Mはふと心当たりに思い当たり、右の方を顔の向きを変えずに横目で確認した。隣のデスクは空席だった。その隣のデスクには上司が座っていた。上司は黙り込んでいたが、口を開けて、パソコンのモニターを見て伸びをしていた。開けた口で呼吸をしており、無意味に荒かった。Mはその呼吸が好きではなかった。呼吸音が常に耳に届き、Mは意志とは無関係に自分の首が意図しない方向へと引っ張られる感覚に日々悩まされていたからだ。耳障りだ、とMはいっつも思っていた。猫背も同様だった。隣の席の上司の口呼吸が嫌で、猫背は机の上に本来床に置くはずの空気清浄器を乗せて、その唸りで呼吸音を掻き消し、上司の視線から身を隠すのだった。
「俺が行ってくる」Mは席を立ち、オフィスを出て行った。猫背は再び遠回りして自席に戻って行った。

 Mが席を立ったのは気分転換のためでもあった。また、あの首を引っ張られる発作のようなものが襲ってくる前にどこかへ行ってしまいたい。Mはそう思っていた。どこの誰かは定かではないが、今日のところは部外者に助けられた。
 Mが受付に行くと、頭髪が薄くなったTが腰かけていた。本当にいた、とMは思った。Mは息抜きに出てきたのであって、Tのことなど席を立った瞬間に頭の隅に追いやって半ば忘れていた。冗談ではなく、そうなってしまうのが必然と思われるほど、Mは気分が優れなかったのだ。「今日からここで働かれるという方ですか?」
「おはようございます」Tはまず挨拶した。一呼吸置いてから「本日よりこちらで働かせていただくことになりました、Tと申します!」とTは心の中で何度も何度も繰り返し練習した言葉を、わずかに表情をゆがめながら発した。よし、初対面で笑顔であいさつできたぞ、とTは思った。それにしてもヤクザのような服装をしているな、とTはMの風貌を見て思った。
 Tが満面の笑みを浮かべ、自らの表情を"上出来"と評価するのに反して「この人はなぜ疲労感を滲ませた悲しそうな表情をしているのだろう」とMは感じた。
「こちらへどうぞ」MはそういうとTを空いている会議室へと案内した。

「こんなことを訊くのも変な話だとわかっていますが、Tさん、あなたは今日ここに何をしにいらしたのですか?」Mは言った。
 Tは胸につかえるものがあって、言葉が出てこなかった。みるみるうちに赤くなっていくTの目を見て、Mは狼狽した。「えーと、その大丈夫ですか?」
「すみません。私はここに何をしに来たのでしょう!ここは私を採用してくれた会社ではないのかなあ!」Tは顔も耳も頭皮も真っ赤にして叫ぶように言った。
「そうですね。まずは落ち着いて話しましょうか。何かこちらに不手際があったようです」とMは推測ではあるが、こちら側に非があることを読み取った。「Tさん、あなたの面接を担当した者のことを教えてほしいんです。名前はわからないんですよね?」Mが聴くと、Tは「そうだ」と言った。「上を見てください。あそこに通気口のようなものがあります。そこからオフィスが覗き込めるようになっているんですよ。あの位置からは管理部のデスクが見えるんです。いや、この前掃除をしていて気付いたのであって、何かしようと思って覗いたんじゃあないですよ。とにかく、この椅子に登って見てみましょう」
 MとTは並べた椅子に乗って通気口からオフィスを眺め降ろした。オフィスからは澱んだ空気が会議室側へと流れ込んで来ていた。Mはまたしても首を引っ張られる感覚に襲われた。オフィスの方へと首を異常な強さで引っ張られる。Tはオフィスの異様な空気に吐き気を覚えた。あまりいい空気ではないな。働く前に換気をしよう。もし働かせてもらえるのなら。Tはそう思った。
「あの奥の机の上に空気清浄器を乗せた女性は見えますか?あのデスクがあるグループが管理部ですよ」とMが言った。間もなく「ああ!あい、い、いや、あの方です。こちらから見て空気清浄器のデスクの右隣りの人です」とTは言った。
「なるほど!やはり!」とMは、体を投げ出すようにして口を開け、モニターを凝視する上司を認めた。

『ずっと伸びをして、スーハー言って、一体彼は何の仕事をしてるのか、さっぱり分からん。周りの人とも一言も口を聞かないし言葉すら発さない。スーハー言ってるだけだ。もしかしたら、彼はあまり仕事をしていないのかな。俺以上に。いや、俺は仕事をしているんだ。仕事が早いから時間がたくさん使えるんだ。彼は遅い。遅いどころか行動すらしないんだ。そんな態度だから誰から好かれないし、尊敬もされないよなあ。彼はもうダメかもしれない』とMは思った。

「Tさん、もうすぐお昼です。これから一緒に昼食に出ましょう。この辺りには安くてお得な定食屋があるんですよ。昼食が済んだら、Tさんのデスクをちゃんと用意します。申し訳ないが、一緒に手伝ってください。ある程度はご自分で好きな備品をお選びいただいて構いませんから」とMは言った。
「ありがとうございます。今日からよろしくお願いいたします」Tは頬を手の甲で拭って、Mの後に続いた。



 この記事は共著である。『』部は友人に文章を考えていただいた。友人には深く感謝する。

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彼はもうダメかもしれない

 彼は出勤してきた若い女性社員にちらっと目をやり、パソコンのモニターに目を落とした。若い女性社員は自分を尊敬しており、またおそらくは愛してくれているのだ、と彼は思いこんでいた。けれど若い女性社員はいつになっても彼のもとへは来なかった。控えめな性格なのだろう、と彼は思った。自分はいつでも待っているのだから、遠慮はいらないのになあ。ふと若い女性社員が席を立つのを見て、彼は気付いた。彼女はいつもより丁寧に化粧をしており、服装もいつもより気を遣っている風だった。あれは地方には置いてないだろうな、と彼は思った。きれいだ。
 ・・・・
 定時を過ぎた時、彼は胸躍らせて、女性社員の方を見た。彼女は周りの同僚たちに挨拶をして、オフィスを後にしたのだった。なぜ帰ってしまったのか、彼には理解できなかった。彼は顔が熱くなってくるのを感じた。鼻でなく、口で呼吸するのが彼の癖だったが、その呼吸が早くなっていくのが自分でもわかった。口の中がねばねばとして、気分が悪くなって来た。彼は落ち着こうと自分に言い聞かせた。しかし、なぜ帰った?今日はバレンタインデーだろう!
 彼の隣のデスクはなぜか空席で、その隣に二つか三つ年下の男性社員が座っていた。数年前から俺の部下になった男だが仕事そっちのけで遊んでばかりいるみたいだ。特に昼休みなんて俺の2倍も休んでいる、俺より先に昼飯に出かけて、戻って来るのも俺より遅いんだ。仕事ができない訳じゃないがもう少し仕事に時間を費やしてもいいのではないか、と彼は部下を評価していた。よく見るとその部下もいつもと違う、かなり高そうな服装をしていた。あれはバーバリーかもしれない。いや、そうに違いない。俺は洋服には詳しくないが、推測が間違っていたことなどないのだ。しかし、奴はこれからデートだな。いつもはヤクザのような服装をしている癖に!
 部下は「お先に失礼します」とぶっきらぼうに言うと帰って行った。
 なぜヤツは上司である俺より先に帰るのだ。ありえない。彼は部下がドアの向こうに消えるまで後ろ姿を見つめ続けた。とうとう戻って来なかった!しかし、いつ見てもやけに顔色の悪い奴だ。体調管理がなっていないのだろう。
 その日、多くの社員は早々に仕事を切り上げて退社して行った。特別急ぎの仕事はないのだ。残っている社員は不出来な追い詰められた社員ばかりだった。でも自分は違う、と彼は思った。俺は仕事ができるし、今もやるべき仕事があるから残っているのだ。確かに彼のデスクの上には書類が積み上げられていた。この書類の中から必要な書類を明日の会議までに見つけ出さなければならない。重要な仕事だ。
 しかし、なぜ彼女は俺に何も言わずに帰って行ったのだ。彼は納得しなかった。今日はバレンタインデーだというのにおかしな話だ。これからデートに行くといった服装なのに、なぜ先に帰ってしまったのだろう。それにあの部下だ。あいつは俺に無愛想な挨拶だけで帰って行きやがった。仕事の報告を一切していかなかった。俺はあいつに何一つ伝える義理はないし、それを察するのが部下の仕事だ。しかし、あいつは俺に毎日仕事の報告を上げて来なければおかしいじゃないか。ヤクザめ!
 
 気付くと右隣のデスクに入社二年目の女性社員が残っていた。デスクに大きな荷物が載っており、女性社員は前かがみの姿勢だったため、その物陰に隠れて気付かなかったのだ。彼が猫背の女性社員の方を向くと、デスクの上の大きな荷物が唸り声を上げた。彼は表情は変えなかったが、誰にも気づかれない程度に後にのけ反り、誰にも聞こえない程度の悲鳴を上げた。その瞬間、デスクの上の荷物はさらに大きく唸った。その唸りに合わせるように、猫背の女性社員は益々前傾姿勢になり、荷物の物陰に隠れてしまった。彼からは女性の腰から尻に掛けてのラインが見えるのみだった。彼はなかなか魅力的な腰のラインだと思った。彼女はシャイなのかもしれない。俺がいつまでも仕事をしているから、なかなか声を掛けられずにいるのかもしれない。遠慮はしなくていいのに。
 しかし、なぜこの女性社員はデスクの上にこんなにデカい空気清浄器など乗っけているのだろう。彼は疑問に思った。おそらく、喉が弱いのだろう。何らかのアレルギーもあるかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。体調管理をしっかりしているな。使用方法はわかっていないみたいだが。よし、次に話しかけられたら、それは床に置くものだと伝えよう。それにしても、あのヤクザな部下とは大違いだ。奴は体調管理がなっていないから、いつも顔色が悪いし、首を変な方向に向けて、まるで意志とは無関係にその方向に引っ張られでもするかのように苦しそうにやっているんだ。
 猫背の女性社員は彼に好印象を与えた。もしかすると、この子は俺が好きなのかもしれない。俺はいつだって構わないんだがなあ。彼がそう思っているうちに猫背は急に立ち上がった。顔が真っ赤だった。デスク上の空気清浄器が唸り続けている。猫背の彼女は空気清浄器に共鳴でもしたかのように激しく咳き込みながら、彼に形だけの挨拶をして、バッグを持って歩き始めた。

「待ちたまえ!」彼は言ったつもりだったが、彼女には聞こえないようだった。空気清浄器が唸って、猫背のデスクを震わせ続けた。彼は唖然として女性社員の猫背の背中から腰に掛けてのラインを、その姿が消えるまで見つめていた。そのラインは彼の気に入った。

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Author:たびびと
こんにちは、たびびとです。
ようこそ、ぼくのブログへ。

介護職員のバイトをしています。
時間がいっぱいあるので、ブログ始めてみました!

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